三ノ十二 トーマ脱出せよ
崖から転がり落ちてきた小石が、アスハの爪先にあたってはねた。
彼女は内心、ひやりとした。
なにか嫌な予感がする。いや、もはや嫌な予感しかしない。
子供たちのいる手前、顔にはださなかったが、こんな時に地震がおきて生き埋めにでもされたらたまらない。
だが、その揺れはひどく散発的で、何か大きな生き物が暴れまわっているような……。
――サクミ?
ヴァイアンが戦闘状態に入っているような気配がする。
振動は時に大きくなったり、時に遠くに震源があるようなか弱さになったりしていたが、心なしかこちらに近づいてくるような感じもした。
――やっぱり、無理かもしれないけど、ここを登ってみるか。
アスハは覚悟をかためると、
「あんたたち、ちょっとずれて」
トーマに乗っていた、マタキチとシンタを前後によけさせ、愛馬の背中にひらりとまたがった。
「しっかりつかまっているのよ。これからこの崖を登るわ」
え?という顔をして、前に乗っているマタキチがふりかえる。
後ろのシンタは、恐怖に駆られたようにアスハの腰帯をぎゅっとつかんだ。
「行くわよっ!」
アスハが馬腹を蹴ると、それに応じてトーマが走りはじめる。
坂状の崖に、蹄を打ち付けて、トーマが登る。
だが、その脚が坂の半ばでとまり、そうしてずるずると尻さがりにすべり落ちてしまった。
しかもその時、轟音とともに地面が凄まじく振動した。
「もう、なにやってるのよサクミ!近づいてくるんじゃないわよ!」
アスハは焦った。
亀裂の近くで戦闘などされては、ほんとうに崖崩れを起こしかねない。
「もう一度!いくわよ、トーマ」
アスハはふたたび、馬腹を
トーマはいななきとともに、棹立ちになると、数回前脚でもがくように宙を掻き、そして精一杯の速力で走りはじめた。
だが、やはり坂のなかほどまでくると、脚がとまってしまう。
「ふんばれっ!」
アスハの叫びに応じて、トーマは岩に蹄をたてて、ふみしめる。
「もっと、もっと!」
アスハは馬腹を蹴る。
トーマはいななき、めいっぱいの力をこめて、登坂を再開した。
しかし、じょじょに坂の角度も急になってくる。
アスハの、
「登れ、トーマ、登れっ!」アスハが叫ぶ。
「「登れっ!登れっ!」」マタキチとシンタも叫ぶ。
トーマはそのもはや坂というより壁というくらいの急角度の崖を必死に駆けあがる。
「「「登れっ!登れっ!登れっ!」」」
三人の応援にいななきを返し、トーマはその速度をぐんぐん上げて、崖を駆けのぼっていく。
暗黒の地下世界から抜け出すまばゆい出口が、急激に近づいてきた。
そして、トーマはその崖を登りきった。
だが……。
地面に到達してもその勢いはおさまらず、まるでロケットのように、白いバイコーンが天空を貫かんばかりに飛び出した。
アスハの目には空の青さしか見えないが、状況を確認しようと振り返った。
しかし、直後に後悔した。
大地は急速に後方へと遠のいていく。
二十メートルほども、空を駆けあがっただろうか。
やがて、勢いもおとろえ、トーマは弾道軌道を描いて落下していく。
子供たちが、恐怖の悲鳴をあげる。
だが、アスハは耐えた。
姫としての矜持がそうさせるのか、性格からくる単なる意地なのか、顔を引きつらせ髪を振り乱しつつも、悲鳴だけはけっして出さなかった。
着地音と衝撃と土煙とともに、トーマは大地に降り立ち、勢いのまま数十メートル駆けつづけ、やっと脚をとめた。
「「「はあ、はあ、はあ……」」」
三人は、その背中で、荒い呼吸を繰り返した。
「あんたたち、大丈夫?ケガは?」
「うん、大丈夫」マタキチが汗をふきふき答える。
「どっこも痛くないよ」シンタが、アスハにしがみつく手を震わせ、声も震わせる。
「でも、ちょっとちびった」
「うん、おいらも」
「まあ、無事ってことね」
アスハが安堵して周囲を見回すと、百メートルほど向こうで、恐竜慧煌獣にまたがったアイゼンが、左右に往復を繰り返しながら、ヴァイアンを攻撃している。
ヴァイアンは、アイゼンの長刀を受けたりかわしたり、時にころがったりしながら、どうにか持ちこたえている、といった様子だった。
シオンのコウメイが、ときどき滑空しながら竜騎兵の邪魔をしているが、ほとんど意味をなしていない。
と、黄色い犬の慧煌獣ライマルに乗ったヒヨリが駆けつけた。
「姫様!」
「ヒヨリ、ちょうどよかったわ。この子たちをお願い」
アスハはマタキチをかかえて地面におろし、ヒヨリがシンタを抱きあげた。
そうしてアスハは、トーマの手綱を引くと、馬首を巡らした。
「ちょっと、姫様、どこへ行くんですか?」
「あいつらをぶっとばしにいくのよ」
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