三ノ十一 作戦開始

 ナガトは、荒野の端の岩の上に腰をおろして、子供を捜索しているヴァイアンや、弧を描いて空を飛ぶ鳥や走り回る犬の慧煌獣をながめていた。

 そのかたわらには、彼の愛刀「黒曜」と、もう一本、野太刀がおかれていた。

 ふと、後ろに気配がしたが、ナガトはふりむきもしなかった。

「なにやってるの、ナガトさん」

 メノウの声だった。彼は、(ユウリンであった)さきほどまでの着物の上に、白い頭巾フードのついた外套マントを羽織っていた。

「今が絶好の機会でしょ。ボクがせっかく万端お膳立てを整えたのに、無駄になっちゃうじゃない」

「人の弱みにつけこむような真似ができるか」

「敵が動揺しているスキを突くぐらいのことが、なんでできないの。そんなんだから、サクミみたいなド素人にいつまでたっても勝てないんだよ。鵡国の王子にも逃げられるんだよ」

「貴様の考えた戦法も気に入らん。そんなことまでして、俺は勝ちたくはない」

「ああもう、頭がカッチカチなんだから。いい?とりあえず一度でも勝てば、弾みがついて、心にも余裕が生まれて、次に真っ向勝負を挑んでも勝てるようになるから、絶対。まずは、一勝しないと」

 メノウは、ナガトの脇においてある、野太刀をつかんだ。

「ボクも手伝ってあげるんだからさ。おへそを真っすぐにして、いっしょにやろうよ。ね、ナガトさん」

 ちっ、とひとつ舌打ちをして、ナガトは立ち上がった。


 サクミはヴァイアンのコックピットの中で、周囲を注意深く見回していた。

 さっきまでトーマを走らせていたアスハの姿は、いつの間にか見えなくなっていた。

「まったく、どこへ行っちゃったのよ。子供だけじゃなくて、姫様も捜さないといけなくなっちゃったじゃない」

 頬をふくらませて愚痴を言うサクミの視界に、凄まじい速度で近づく、巨大な黒い影。

「あれは、ナガトさん!?」

 ナガトの慧煌兵アイゼンが、かつて、野武士が使っていた恐竜ティラノサウルス型の慧煌獣の背にまたがって、ずんずん近づいてくる。

「うわっ!?」

 悲鳴をあげて腰の刀――白月を抜き、反射的に防御した。

 そこへ、ナガトの大長刀が振り払われる。

 強烈な攻撃を受け、ヴァイアンは防御したまま、後方へと数歩よろめいた。

 そのわきを、アイゼンを乗せた恐竜が駆け抜ける。

「なんなのよ、もう!」

 振り返ったところへ、Uターンしてきた恐竜が駆けてくる。

 アイゼンはその大長刀で、ヴァイアンの間合いの外から攻撃してくる。

 すんでのところで、サクミは白月で防御する。

 またよろめく。

「ちょっと、今、子供たちのことで精いっぱいなの、戦ってる暇なんてないの!」

 恐竜は五十メートルほどむこうで足をとめ、ゆっくりとヴァイアンに体を向ける。

 サクミの叫びが聞こえたわけではなかったが、ナガトは唇をかんだ。

「卑劣だ。これは卑劣だ」

「卑劣じゃない。卑怯でもない。これは作戦なの」メノウは子供に言いきかせるように言った。「あなたは今まで、自分の機体の長所をいかしきれていなかった。ヴァイアンのより長い刀を持っているんだから、それを有効に活用するの。それにくわえて、今回は、速度でも相手を上回っている。速度スピード間合いリーチで敵を凌駕しているんだから、負けるわけないでしょう」

「しかし、行方不明の子供や、難民たちを、巻き込むかもしれんのだぞ」

「難民収容所からは離れているし、子供たちはアスハ姫と崖の下にいるよっ」

「それは本当だな、子供らは無事なんだな」

「ああ、ちゃんと確認してるから」

 ナガトは、ヴァイアンに向けて、叫んだ。

「サクミ・サイゴウ、子供たちは無事だ。姫が保護している。俺との戦いに集中しろ」

「え、そうなの?」サクミがコクピットで目をまるくする。

「ちょっと、どんだけマジメなの!?」メノウもコクピットで目をまるくする。「もう、ボクの作戦を台無しにしてくれちゃって!」

「これ以上、卑怯なふるまいができるか」

 ナガトの、その潔白な言葉を聞いてメノウは、

「寺でお坊さんを人質にとった人が言うかな」

「あれは、私の一世一代の失敗だ。愚行だった。心の底から恥じているのだ」

「ああ、もういいよ!」

 メノウは頬をふくらませ、

「竜騎兵戦法だけで充分だよ!」

 恐竜慧煌獣バクリュウを、ふたたび突進させる。

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