三ノ九 捜索

 アスハは慧煌獣トーマを急がせた。

 闇雲に走り回ってもしかたがないとはわかっていても、気がせいてしまい、ひたすらに荒れ野を走り続けた。

 空はまだ梅雨入りには遠い澄んだ青さで、まるで大地を包み込むような穏やかで静謐なその青さは、焦慮するアスハの心をわらっているようでもあった。

 ふと視界のすみに、なにか動くものがあった。

 それは小さな点にすぎなかったが、なにか生き物のようだということは瞬間理解できた。

 トーマをとめ、そちらに目をこらす。

 三十間(五十メートル)ほど向こう、雑草の生い茂るなかに、やはり子供のような影が見え隠れしていた。

 行方しれずの子供かと、さらに凝視する。

「あれは……、マコモか?」

 特徴的な亜麻色の髪は、草木の緑に映えていて、見間違うはずもなかった。

 アスハは馬首を巡らした。

 狐族は、当然人間よりも鼻が利くだろう。ひょっとするともう子供たちを見つけたのかもしれない。

「マコモ!」

 呼びかけておいて、トーマを走らせる。

 と、突然視界がゆらめいて、上空へと流れていく。

 ――しまった。

 思った時には、すでに崖の下へ、トーマが着地していた。

 トーマがうまく衝撃を吸収してくれたので、アスハ自身には痛みはなかったが、着地の瞬間に体がずいぶん揺さぶられたので、頭がくらくらとしたし、実際目もずいぶん回っている。

 目をしばたたかせ、回った視界をしずめると、あたりを観察した。

 ここは大地に裂けた地割れのような崖で、幅は一間(百八十センチ)程度。地表までは、四、五丈(十五メートルほど)もあろうか。

 見上げると、暗い崖の裂けめから凄艶なほどの青い空が見え、そこから、人の頭らしき小さな影がのぞくように動いていた。

「マコモ、聞こえる!?」

 アスハは影にむかって叫んだが、返事はない。

「その辺の空にシオンが飛んでいるでしょう。助けを呼んでちょうだい」

 が、やはり返事はない。

 こちらの声が届いていないのだろうか。それとも、向こうの返事がここまで聞こえてこないのだろうか。

 やがて、人の頭が引っ込んで、それっきり気配すらも消えてしまった。

「しかたがない」

 出口をさがそうか、それとも、助けを待とうか。

 見たところ、トーマが登れそうな、足がかりにするようなでっぱりは見当たらなかった。

 見回しても、前も後ろも真っ暗だった。

 トーマの目から光を照射して、暗闇を照らしてみたが、光のとどく範囲には、両側の崖以外は何も見えなかった。

 アスハは考えをすばやくめぐらした。

 これは、下手に動くと自分が遭難しそうだ。

 ともかく、居場所を誰かに知らせるために、手段をこうじなくてはいけない。

「トーマ、轟火弾ごうかだん

 頭上の割れ目に目掛けて、トーマの二本の角の間から、光の炎レーザービームが発射される。

 高出力で発射すると、トーマの機能が低下してしまうため、威力を落として、間をあけて三回にわけ、轟火弾を撃った。

「誰か気が付いてくれるといいのだけれど」

 不安をぬぐうように、アスハはつぶやいた。

 すると、

「おい、やっぱりこっちから聞こえた」

「え、オバケじゃないの、こわいよ」

「違うよ、女の人の声だった」

「あ、なんかいる」

「光ってるぞ」

「やっぱりオバケ!?」

 ふたりの子供の声が、だんだん近づいてくる。

 アスハはそちらにトーマの頭を向けた。

 照明に照らされて、男の子がふたり、おびえたように体をふるわせて、抱き合うようにしてたっていた。

「オバケじゃないわよっ」

 アスハは子供たちをおちつけようと、優しく言ったつもりだったが、

「ぎゃっ、姫様だ!」

「オバケのほうがマシだった!」

「なによ、失礼ね!」

 ちょっといつものアスハに戻りかけたが、いけない、いけない、と自分をなだめ、

「なにもとって食べようってわけじゃないんだから、安心しなさい。こっちにおいで」

 優しくふたりを呼び寄せたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る