三ノ八 迷子

「姫様大変ですっ」広場に到着したアスハをみとめサクミが走りよってくる。「子供がふたり行方不明で」

「どういうことか。状況を説明しろ」

 十数人の難民と白銀の炎の隊員たちが集まって、なにやらざわめいているところまで馬を進めて、姫が一喝するように問うた。

「それが」と応じたのはシオンで、「私たちがちょっと目をはなした隙に、子供がみえなくなりまして。荒れ地のほうに走っていくのを見たものがおります」

「お前たちがついていながら何をやっていたかっ!」

 馬上から見おろす姫の血相が引きつるように変わった。

「面目しだいもございません」シオンがうなだれる。

 この難民居住区は城下から北に少しはなれた、万慈湖まんじこぞいの雑草しかはえない丘陵地に作られていた。そこは沼沢地に近く年中湿気っていたし、ところどころに深い崖が大地を割るように走っていて、しかも、その断崖をふさぐように草木がおいしげっていたりして、うっかり子供が近づきでもしたら危険なため、地元の住人はまったく寄りつかない。

 しかもそのあたりには狼族も住み着いていた。人のように二足歩行をする狼である。人語を解し性格も穏やかな狼族もいるが、そこにいるのは普通の獣の狼とさして変わらない凶暴な野獣だった。

 しかし、勝手に遊びに行ってしまった子供たちも、それを見過ごしてしまった大人たちも咎めることはできない。彼らはこちらに来て日が浅いものも多く、この辺りがどれほど危険な地域であるか、知りはしないのだから。

「サクミ、あなたはすぐにヴァイアンを出しなさい。上から見たほうが捜しやすいでしょう」

「え、でも、うっかり子供を踏んづけてしまうんじゃ」

「踏まないように気をつけなさい!」

「ええ!?」

 目を丸くするサクミの横でシオンが、

「私はとりあえずコウメイを出しましょう」

 冷静に提言した。

「そんなこともまだやってないの!?まったく血のめぐりの悪いっ」

 なにを言っても姫に怒られそうだ。

「とにかく私とヒヨリは陸から、サクミとシオンが上から捜索するわよ。さっさと動く!」

 姫の号令にはじかれるように、白銀の炎の隊員は散開していった。

 その、走りだしたシオンの後ろへ、アスハはふと気づいたように、

「マコモはどうしたの」

「そういえば見かけませんが」

「子供たちといっしょの可能性は」

「いえさっきまではいましたし」

「じゃあ、勝手に捜しにいったのね」

「二重遭難のおそれもありますね」

「まったく世話の焼ける」

「しかし、マコモも子供たちを助けたい一心からの行動でしょうし」

「あなた、なにをやってるの」

「え?」

「とっととコウメイを飛ばしなさい!」

「はいっ」

 シオンは懐から赤いおうぎを取り出して広げるとひらひらと空に向かって振る。慧煌獣コウメイが封じられている宝具「李翁りおう」である。

 光を放って現れた朱色の鷹を確認すると、アスハも馬腹を蹴って走り出した。

 掘っ立て小屋ばかりの居住地を抜けて荒れ地にでると、すでにヴァイアンが立って、周囲を見回している。

 これは、ほんとうに子供を踏みつぶしかねない、と実感したアスハは、巨人を追い抜きざまに、

「サクミ、あんたはそこから動かずに、周りを見張ってなさい」

「はあい」

 サクミの間延びした返事を聞き流し、アスハは荒れ地をひた走った。

 上空ではシオンを乗せたコウメイが旋回している。ヒヨリはもう姿がみえない。

「まったく、難民対策をなおざりにするからこうなるのよ」

 アスハは、自分の国の官僚たちをののしった。

 だが、ののしったところで、難民たちの現状を変えることはできない。

 難民たちを収容する場所が那国にはほとんどない。

 国土は湖と山にはさまれていて、狭い平野はすでに人が住んでいるし、地味の豊かな土地は田畑に開墾されているし、残っているのは荒れた原野のような場所しかないのであった。

 危険と隣り合わせの生活の場をあたえるしか、今の那国にすべはないのだった。

「善意だけでは、世の中は変わらないものね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る