第三章 ヒステリック・プリンセス

三ノ一 みんなのお姫様

「おかしいわ」

 サクミ・サイゴウの隣で、アスハ・イルマがつぶやく。

「絶対ヘンだわ」

 姫はどうしても納得できない様子だが、ヘンもなにも現実に起きている事象はどうにも曲げられはしないのである。

 那国の王都のはずれにある空き地だった。本来空き地だったというべきか。ここには、戦乱から逃れてきた他国の難民たちが建てた掘っ立て小屋が乱立していて、そこの隅にある広場で炊き出しを行っていた。

 アスハ姫率いる自称自警組織「白銀の炎」の今日の任務。炊き出しのボランティアの手伝い。今、姫とサクミは鍋を前に、列をなしている難民の人たちに粥をふるまっていたのだった。

「私たちは自警組織よ」アスハが、おばさんが両手でつつみこむように持った椀に粥をよそって言った。「なのになんで、炊き出しの手伝いをしているのかしら」

 サクミも自分の前にいたおじさんの椀に粥を盛って思った。考えるまでもないことだった。

 アスハ姫が発起人となって世直しのため組織した白銀の炎は、周囲からすればただの何でも屋にすぎないのだった。

 姫が期待していたのは、商家の用心棒や施設の警備など、悪人退治に直結するような案件だったが、実際は、来る依頼のほとんどは、町のゴミ拾いに詰まった用水路の清掃、道端の草刈りに逃げた家畜の捜索など、町の雑用のような仕事ばかりだった。

 ともあれこの世直しは副次的な効果をうみだした。

 ――なんと姫様おみずからゴミひろいとは。

 ――われらの姫様は領民想いだ。

 ――庶民派姫。

 ――優しい姫。

 姫のほうでも、そのふてくされたような態度に反して、内心ではまんざでもないようで、人を助ける喜び、感謝される快感にめざめたようだ。

 サクミは思った。

 今の世の中(もといた世界)は、困っている人がいない。

 スマホで地図を見られるものだから道に迷っている人がいない。老人でも車に乗るものだから、重い荷物をかついで坂道を登っているおじいさんもいない。年をとっても足腰が丈夫で元気なものだから、横断歩道をわたりあぐねているおばあさんもいない。

 これでは、思いやりを使うことがない。思いやりを使わないものだから、人を助けて気持ちいい、助けられて気持ちいいという経験がない。経験がないものだから、思いやりも育たない。そんな世の中になってしまったのだ。便利になりすぎると、思いやりはひっこんでしまうものなのかもしれない。

 そんなふうにサクミはつねづね考えていた。

 こっちの世界もそうだった。

 戦国時代のような世界に反して、煌獣などという機械生命が庶民の生活をサポートしているし、魔導術も存在していて、とくに医療魔導術の発達のおかげで、みな平均寿命も高く、人々は快適な生活を送っていた。

 なのでやっぱり、思いやりを発揮する場面などはなかなかない。ほとんどお城と学校の往復しかしていない日々を送るアスハはなおさら、思いやりを使う機会がなかったのである。

 ――このまま、姫様の性格がおだやかになってくれればいいのだけれど。

 日ごろサクミに対して高慢な態度しかみせないアスハであったが、理想的な、慈愛にあふれる姫様へ変貌してもらいたいと思うのだ。

「そこっ」アスハがお玉杓子を振り上げて叫ぶ。「あなた、いま列に横入りしたでしょう、さがりなさい」

 お玉の先で指されたおじさんは、恐縮の態で、

「そ、そんな殺生な」

「言うこときかないと、ご飯はおあずけよっ」

 うなだれるおじさんに、周囲から忠告や叱責やなぐさめや、さまざまな言葉が投げかけられる。

「おい、言うことをきくんだ」「姫を怒らせるとなにをされるかわからんぞ」「いや、もう怒っているだろう、あれ」「まだ間に合う、列の後ろに並びなおすんだ」「首をはねられるかもしれんぞ」「ほんと、おっかねえよな、あの姫様」「あっちの銀髪のおねえちゃんのほうが優しそうだぞ」「あっちの列に並び変えようか」「でも、顔は姫のほうがきれいだぞ」「いや、あっちのおねえちゃんも庶民的で親近感がわくな」「そうかな、やっぱり美人によそってもらいたいよな」「いや、どっちも同じお粥だから」「ちがいねえ」

 もうなにがなんだかわけがわからない。

「あんたたち、全員おあずけっ!」

 姫の怒声がとどろく。

「ええ~~~っ!?」

 難民たちの落胆の声がこだまする。

 そして、直後に広場は笑声であふれかえった。

 姫はみんなに愛されている。

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