二ノ十一 サクミの想い(第二章完)

 ヴァイアンを刀に戻し、浜辺に降りたサクミはナガト・ダイモンの後ろ姿を見送っていた。

 長い髪を風になびかせながら、黒ずくめの武芸者はみぎわにそうように立ち去っていく。

 きっと、彼の心のなかは、羞恥と慙愧でいっぱいなのだろうが、それを懸命に抑え込んでいるような後ろ姿であった。だが、隠しきれない無念さのようなものが、ふとした拍子にこぼれでてしまうようであった。

 それとも、彼の背中に悄然としたものを感じているのは、彼に対するサクミの憐憫なのであろうか。

「せっかくカッコいいのに……」

 サクミはぽつりとつぶやいた。

 敵対しているのでなければ、彼女のあこがれの対象にもなっただろうに。

「カッコいいとか、バカじゃないの」

 唐突な罵りの言葉に、サクミはふりむく。

 慧煌馬トーマにまたがったアスハが、こちらをにらんでいる。なんだったら、ナガトの鋭い眼差しのほうが愛らしく思えるほどの、けわしい目つきだった。

「あら、姫様、なにやってるんですか?」

「なにって、決闘を見とどけにきたのよ」

「いや、そうじゃなくって、シオンさんについていてあげなくっちゃ、ダメじゃないですか」

「ああ、あいつなら大丈夫よ。見た目ほど深い傷でもなかったし、お坊さんの治癒魔導術で、綺麗になおっちゃったわ」

 ほかに斬られた僧侶も、そうだったという。

「まったく、あの長刀、なまくらなんじゃないかしら」

 とアスハは毒づいている。

 はたして、そうだろうか、とサクミは思う。

 怪我をおわせながらも、治療すればすぐに治るような、そんな斬りかたを、ナガトはしたのではなかろうか。さらに言えば、彼が、そんな紙一重の間合いを見切るほどの実力をもっている証拠なのではなかろうか。

 だとしたら、サクミが勝てたのは、天運としか言いようがない。

「あなた、よくあれで勝てたわね」

 サクミの心中を読んだように、アスハが言う。

「なにあの、最初のふらふらしたかわしかたは。子供のやっとうごっこじゃないんだから、真剣になりなさいよね」

「私、真剣でしたよ。必死だったんですから」

「必死であれなら、修行がたりないわね」

 そんなことは、アスハに指摘されるまでもなく、サクミは気がついている。

「あなたはもっと自覚をもちなさい」

「自覚?」

「そうよ。騎煌戦士としての自覚。この国の将来をになっているという自覚よ」

 今のサクミには、一国の命運を肩に背負っているなどという自覚はない。

 ――ただ……。

 とサクミは思う。

 もし、これからも、ナガトのような敵があらわれ戦いをいどまれるなら、もっとしっかりと剣術の修行をつまなくては、いつか命を落としてしまうのではないか。

 そんな思いが恐怖をともなって心に浮かび、背筋を寒くさせた。

 サクミはまたナガトをみた。

 彼の姿はもう、ずいぶん小さくなって、ほとんど風景にとけこんで、いまにも消えてしまいそうだった。

 ――これからも、あの人と戦わなくてはいけないのかしら。

 いつか仲良く笑ってお喋りできるときはこないのかしら、というサクミの想いは、今のこの世界の感覚からかけはなれた、甘い夢なのかもしれない。

 それでも、そんな平和な時代のおとずれを夢見ていたい。

 そのためになら、ヴァイアンと戦っていくのも、悪くはない、とサクミは思うのであった。

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