二ノ十 決闘

 ナガトのアイゼンが、背中から長刀を抜いた。

 サクミのヴァイアンも、腰の刀を抜く。

 互いに構える。

 互いに正眼。

「ほう」

 ナガトはうなった。サクミの構えは、多少、切っ先が右によっているが、さまにはなっている。

「だが、構えだけなら、素人でも格好をつけられる」

 アイゼンが動いた。軽く振り上げた刀を、すばやく振りおろす。

 ヴァイアンは、それを、受けることなくかわす。

 ナガトは、刀をひねって、横に薙ぐ。

 サクミは、大仰に後ろに飛んでかわす。

 ナガトは追って突きを繰りだす。

 サクミは避ける。避けたひょうしに、ヴァイアンが数歩よろめいた。

「これは……」

 ナガトは舌打ちした。

 ――まるっきり素人ではないか。


 サクミは、焦燥にかられた。

 彼女に剣術を教えた、ゲンゴロウ・フタバ、という白髪白髭の老人は、遠原村から三キロもはなれた山のなかにすんでいた。野武士との争いも知らず、よって、戦いにはくわわらなかったほど、浮世ばなれした生活を送る剣術家だった。

 ジョウンの紹介で、剣術を習うことになったものの、

 ――たった半年でなにが身につくものか。

 と、なかば投げやりな態度で、サクミに指導した。ある程度の構えと受け太刀などは教えてくれたものの、攻撃に関しては、

 ――余計なことは考えるな。ふりかぶって、ふりおろす。それだけを、毎日、千回続けろ。

 とだけ言われた。

 サクミは、振りかぶって(大上段というのだそうだが)、勢いよく木剣をふりおろす。

 上から下へ。相手の左肩から右腰を斬りさげるように、毎日素振りをおこなった。

 たまにちょっと工夫してみようと、木剣の軌道を変えようものなら、すぐさま、

 ――余計なことはするな!

 罵声が飛んだ。

 そんなふうに半年間、真惺寺から山道をかよって、ひたすら素振りをした。


「あの程度の修行で、プロに勝てるわけがない!」

 サクミは、自分の半年間の修行が、無意味なものだったと悔やまざるをえない。

 そしてナガトは、別の意味で、悔やんでいた。

 僧侶を人質にして寺に立てこもり、彼女を本気にさせるために、あえて、人を傷つけてまで、勝負に持ちこんだ。にもかかわらず、相手はずぶの素人だった。馬鹿なことをしたと、反省せざるを得ない。

 漸の国で、近衛隊士として王に近侍してきた。王からうける信任も厚いという自負もあった。だが、鵡の国都に攻め込んだ最終決戦のとき、わずかな油断から王子を取り逃がした。そして、追放の処分をうけた。

 王は何も語らなかったが、甘いおのれを叩きなおしてこい、と言われている気がした。

 だから、強者と戦い、打ち勝ち、勝利をものにしなくてはいけない。国に帰参するため、王の赦しをえるため。

 にもかかわらず、勢いこんで決闘を挑んだ相手が、この程度の実力とは。

「もうよい」

 ナガトは唾棄するように叫んだ。

「我が愛刀の錆になれ」

 長刀を下段に構える。

 と、ヴァイアンの両腕が、すっと頭上にあげられた。

 大上段の構え。

 まるっきり防御を捨てた、捨て身のような構えだった。

「なめているのかっ。この、素人が!」ナガトは侮蔑した。

 サクミは、完全に追い詰められた気分だった。

 もうどうしようもない。教えられた、大上段からの攻撃しか、残った手はない。半分やけになっていた。

 だが、彼女は気づかずにいた。その大上段こそは、必殺の構え。ひたすら素振りを続けた斬りさげは、ヴァイアンの放つ「魔導マドー斬り」を徹底的に練磨させるためのものであったのだと。

 サクミの刀、白月の刀身に光がやどる。

「まっぷったつにしてやるっ!」

 ナガトが叫ぶ。

 アイゼンが、踏み込みつつ、長刀を振り上げる。

「まけるか!」

 サクミが叫ぶ。

 ヴァイアンが刀を振りおろす。

 ナガトは刀を振りつつ、あ、と思った。想定していたよりも、彼女の刀の動きがはやく、鋭い。

 刀を振り上げつつも、強引に、身体を引いた。

 ヴァイアンの刀の切っ先が、アイゼンの兜の目庇まびさしを割り、面頬の鼻先をかすめて、胸板を斬り裂いた。

「これが、俺の甘さか」

 アイゼンはのけぞり、あおむけに倒れる。

 ナガトは、機体を宝刀黒曜へともどした。黒い光の粒子となって、アイゼンが消える。

 砂利をふみしめ、彼は地面に降りたった。

 目を鋭く尖らせて、ヴァイアンを見あげた。

 ――今回は、俺の油断が招いた敗北だ。

「次は、負けんっ、サクミ・サイゴウ!」

 きびすを返して、足早に湖岸を後にした。

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