二ノ九 対峙

 ナガトは、じっとサクミを見つめている。

 むっと押し黙ったその表情からは、彼がなにを考えているのかは、読み取ることができない。すくなくとも、決闘を望んでいた相手が女だとわかって、よろこんでいないことだけは、察することができた。

 サクミは勇を鼓して、口を動かした。

「わかりました。戦います。ですから、もうバカなまねはやめてください」

 ナガトは、ふんと少し苦い表情で笑った。

「バカなまね、か」

 たしかに、バカなことをしている、と彼は思うのだった。こんな虫も殺めたこともないような少女と戦うために、人を何人も斬ったのだから。

「いいだろう。お前の慧煌兵をだせ」

「ここで戦えば、周りに被害がでます。ここから、一キロちょっと……、十町ほど行くと、湖の海岸にでます。そこでなら、気兼ねしないで戦えるでしょう」

 彼女の口ぶりは、自分が周囲に気兼ねするのではなく、まるで、ナガトが気兼ねして思う存分に戦えないだろう、と言っているように聞こえる。

「わかった」

 言ってナガトは、自分の慧煌兵を、宝刀「黒曜」にもどす。

 サクミは、ちょっと意外そうな顔をした。

「慧煌兵で移動しては、周りに被害がでるからな」

 ナガトは、苦笑して言うのだった。

 サクミは、斬られたシオンのほうを、ちらりとみた。治療魔導が使える僧侶が、手当をはじめていた。

 その様子をみていたアスハがサクミの視線に気づいて、こちらにふりむく。そして、心配するな、と言いたげにこくりとうなずいた。


 サクミとナガトは、ひとこともかわさずに、湖まで黙々と歩いた。

 サクミのうしろにナガトが並んでついてきているのだが、いきなり斬りつけられるような不安は感じなかった。そればかりか、サクミはナガトに対して、厭悪の感情すら持てずにいた。ひょっとすると、ほんらい彼は善人であるにもかかわらず、やむにやまれぬ事情から、人を斬ってまで、決闘を望んでいるのではなかろうか。だからといって、そんな非道なやりかたを肯定はできないが、不思議と彼からは、悪意のようなものは感じられないのだった。

 ふと気がつくと、隣にならんで、慧煌犬ライマルにまたがったヒヨリが歩んでいた。

「介添え人がいても、かまわないでしょう?」

 とこれは、サクミではなく、ナガトにむかってヒヨリが聞いている。

 ナガトは、ただ、フンと鼻をならしただけだった。

 やがて、湖岸に到着する。

 そこは、比較的ひろさのある岸だった。砂利をしきつめたような地面で、湖に沿って百メートルほど、幅も五、六十メートルはありそうだった。

 サクミとナガトは、向かい合ってたち、しばらくにらみあった。

 ナガトが剣を抜く。

「アイゼン」

 静かに、誰かを呼ぶように言うと、黒い鎧武者の慧煌兵が背後に現れた。

 全高は十四メートルほど。

 桶側胴おけがわどう具足のような鎧。直線的なデザインの袖(肩当て)、籠手、脛当て。頭には十二間筋兜。それに三日月のような前立てをつけているが、その尖った両端は右斜め上に大きく丸まっていて、これはおそらく三日月ではなく、日蝕を模したものであろう。

 カラス天狗のような形状の、面頬めんぽおの隙間からのぞく赤い眼は禍々まがまがしく光り、冷たくサクミを睥睨しているのであった。

「来て、ヴァイアン!」

 サクミが叫び、まばゆい光の中から白銀の慧煌兵が現れる。

「ほう」

 とナガトは、驚嘆するような声をだした。

 ――たしかに、慧煌兵は得体のしれない強さを秘めているようではあるが……。

 操る少女のほうはどうであろう。人はみかけにはよらない。あのかよわい細腕で、じつは剣術の達者ということも考えられる――。

「名を聞いていなかったな」

「サクミ・サイゴウ」

 うむとうなずき、ナガトは、ふりかえって、アイゼンの目をみつめる。すると、慧煌兵の赤い目からはなたれた黒い光が彼の体をつつみ、姿が消えていった。コクピットに乗りこんだのだ。

 サクミも振り向いて、ヴァイアンにうなずくと、光につつまれコクピットに乗りこんだ。

 ヴァイアンが、クジラの鳴き声のような咆哮を発した。

 アイゼンも咆哮する。低く震えるその声は、サクミには、どこか哀切を含んでいるように感じられたのだった。

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