二ノ八 説得
シオンが、前に進み出る。
サクミは、黙って彼を見つめた。
シオンの身体は、刀の間合いには入っていないが、ヒヨリの報告では、武芸者の男は剣圧で人を斬れるそうである。気おじせずに進み出たようにみえるが、内心では、対峙しているだけでも恐怖であるはずだ。
しかも、男の後ろには、十四、五メートルほどの黒い鎧武者のような慧煌兵が威圧するように立っている。
「私は、那国大将軍の息子、シオン・イルマともうします」
「それがしは、ナガト・ダイモン。旅の武芸者だ」
シオンの挨拶に、ナガトという男は、挨拶をもってかえした。
シオンは、おや、と思った。この男は、けっして無頼の徒というわけではなさそうだ。それなりの教育と良識をもった男だと、その態度から推察した。
「今は流浪に身をやつしておられるようですが、かつては、いずこかの御家中に?」
「俺のことなどどうでもいい」
ナガトはいらだったように言った。シオンが、なにか彼の心の痛点を突くようなことを言ってしまったのかもしれない。
「貴公が白銀の騎煌戦士か?」
ナガトはするどくたずね返した。
シオンは、おのれの洞察力の未熟さをさとった。
たしかに、それなりの教養はみにつけてはいるようだが、この男、とんでもなく頑固だ。よくいって一途、わるくいって偏屈。想定していたよりも、やっかいな相手だという気がした。
「いえ、ちがいます」
「だったら、邪魔だ。さがっていてもらおう」
「そういうわけには、まいりません」
「なら、どうする」
「このような無益なことはすぐにやめて、この場をお引き願いたい」
「できん相談だ」
「なぜ、そのように騎煌戦士との戦いに執着するのです」
「貴公に話す義理はないと思うが」
「他人を巻き込んでまで、決闘などする必要があるのですか」
「あるな。己の力量と、騎煌戦士と呼ばれる者の力量を確かめたいと望むのは、武芸を志すものとして、当然の思考だ」
「そうですね。私には、とうてい理解できそうにありませんが」
ナガトの目が動いた。
サクミと目が合った。
彼は、この短い会話のあいだじゅう、ずっといぶかしんでいるようだった。なぜ、突然大将軍の息子を名乗る少年があらわれたのだろうか、と。
サクミは嫌な予感が
もし、ナガトがそれなりの推理力を持っている男だとしたら……。
ナガトが、ちょっと眉をひそめ、視線をシオンにもどす。
「貴公、なにを隠している」
「いえ、けっしてそのような」
「騎煌戦士が誰だか知っていて、守ろうとしているのであろう」
「たしかにそうですが」
「後ろの女は、なんだ」
「彼女たちは、ただの見物で」
「このような場所に、女を、見物だけの理由で連れてくるのか」
「え、いえ」
「そこにいる銀髪の女が、騎煌戦士だなどというのではあるまいな」
サクミは、息を飲んだ。やはり、自分が名乗り出るべきではなかろうか、と一歩踏み出した。ところへ、
「ご名答」
アスハが薙刀「巴」をかかえ、歩み出る。
「私は、那王の娘、アスハよ」
ナガトは、冷めた目で、アスハを見つめる。これ以上の邪魔をするんじゃない、と言いたげな目つきだった。
「騎煌戦士は、国家の機密よ。あなたのような一介の武芸者に、機密を見せるわけはないでしょう。さがりなさい」
彼女は、高慢に、命令するような口ぶりで言った。
ナガトは、舌打ちをした。
「目ざわりだ」
背中の長刀を抜きはなった。剣圧が彼女に向って走る。
アスハが、あっ、と思った瞬間、その体は横から突き飛ばされていた。
突き飛ばしたシオンの身体から、血がしぶき、どっと倒れ落ちる。
「シオン!?」アスハが叫んですぐに立ちあがり駆け寄る。
「なんてことをするの!」サクミは、怒りのままに叫んだ。「私と戦うためだけに、どうして人を傷つけるの!?」
「やはり、お前が……」
ナガトの顔が、怒りとも落胆ともつかない表情をみせた。
彼は、風変わりないでたちから、あてずっぽうで、銀髪の少女を騎煌戦士だと言ったのだが、
――まさか、本当に、こんな小娘が騎煌戦士だとは……。
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