二ノ七 出動

「私、行きます!」

 教室を飛び出そうとするサクミの腕を、アスハがつかむ。

「バカ言わないの」

「だって、私のせいで、人が斬られたんですよ」

「あなたは、この国の、秘密兵器なのよ。ここぞという時にだす切り札なの。それが、どこの馬の骨ともわからない流浪の武芸者の挑発に乗って、軽々に衆目にヴァイアンの姿をさらすなんて、ゆるされないことよ」

「ヴァイアンを出す出さないは、まだわかりません。とにかく私がお寺まで行って、その人を説得してみます」

「話が通じるような相手ならいいけどね」

「話してみないと、そんなのわかりません」

「もし戦いになって、あなたが負けでもしたら、あなたの存在意義はなくなってしまうわ」

「戦いになっても、私、負けませんから」

「うぬぼれるんじゃないわ。相手は、修行をつんだ兵法者ひょうほうしゃなのよ。この間の盗賊くずれの野武士とは、わけがちがうの。勢いだけで勝てる相手ではなくってよ」

「もし、私が負ければ、それまでです」

「あなたはそれでよくても、国としては、まったくよくないわ。ちょっとは、ない脳みそを使って考えなさい」

「わ、私だって、修行はつんでいます」

「遠原の田舎道場で習った剣術程度で、勝てるわけがないでしょう」

 サクミは、むっとしてアスハをにらんだ。そこへ、男子の声が耳にはいった。

「話は終わりましたか。サクミさんが行くというのであれば、お送りしますよ」

 シオンが、ひょいと教室に顔を出した。

 学問所の、男女の校舎自体は別々ではあったが、同じ敷地に建物が隣接していて、男子と顔をあわせる機会も多いのではあるが、気軽に会話をしてはいけないし、たがいの校舎に勝手に入ってもいけない規則だった。

 突然の侵入者に、女子生徒たちは、色めきたつ、というよりも、彼女らの口からは吐息がもれ、その視線はシオンに釘づけであった。

 シオンは学校一の秀才であり、容姿も端麗、おまけに国王の甥という出生。

 女生徒たちのあこがれの的であった。

「お願いします」

 サクミが彼にむかってすぐに返答した。

「ダメよ」アスハは、まだ不承知だ。

「ダメでもいきます」サクミも承知しない。

「では、この案でどうでしょう」

 ふたりの間に、シオンが割って入った。

「ともかく、サクミさんは、向こうまで行って、どこかに隠れていてもらう。そして、まずは、僕が、その男と話をしてみる。大将軍の息子という立場の僕だったら、話にのってくれるかもしれない。説得できるかもしれない」

「わかりました。それでいいです」

 サクミが案をうけいれた。シオンとともに、教室を出ていこうとするのへ、

「待ちなさい」アスハが呼びとめる。

「まだ、なにかっ!?」いらだちまぎれに、声をあらげてサクミは返した。

「私も行くわ」

「え?なぜ?」

「なぜもなにも、白銀はくぎんほのおの初出動なのよ。隊長の私が行かなくて、どうするの」

 サクミは、言葉を失った。

 この姫様の行動理念がいまいちつかめない。

「ははは、決まりだね」

 シオンがほほえんで言う。

「白銀の炎、出動!」

「それ、私が言うセリフ!」

 アスハの不機嫌な一喝が飛んだ。


 シオンの鳥型慧煌獣「コウメイ」は、南空寺の境内に降りたった。

 その背中から、三人が地上へ飛びおりたところへ、

「これは、姫様」

 そこに集まっていた僧侶の、アスハの顔を見知っていたのであろうひとりが、驚いて声をあげた。

 さらになにか言おうとするのを、アスハは手をあげて制止する。

 失敗だったのは、境内にちょくせつおりてしまったことだった。

 上空でみたよりも、周囲の建物までの距離が遠く、即座に隠れる場所がない。敵に姿を見せておいて、いまさらどこかへ隠れても、不自然なだけで、よけい怪しまれかねない。

 しかたなしに、サクミは、アスハの付き人のふうをよそおって、その少し後ろに、ひかえめに立った。

 五重塔の前にいる、全身黒ずくめの男が、怪訝そうに、じっとこちらを見つめている。

 年のころは二十二、三。身長は百八十センチちょっともあろうかという長身。

 細おもての顔の、切れ長の目を細め、気むずかしげに眉間にシワをよせ、無口そうにムッと口を閉じている。

 つんと尖った鼻すじや、ちょっと頑固そうな雰囲気など、

 ――あら、ちょっとタイプだわ。

 などとサクミは不謹慎にも思うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る