二ノ六 南空寺境内

「銀色の慧煌兵を操る騎煌戦士にぐ」

 ナガト・ダイモンは、みずからの慧煌兵アイゼンの拡声器スピーカーをとおして、町じゅうにとどろくほどの大音量で叫んだ。

「姿をあらわし、私と戦え。出てこないのなら、これからここにいる僧侶たちを斬り捨てる。四半刻(三十分)にひとりずつ斬る!」

 僧侶たちは、ナガトを取り巻きながらも、さきほどの脅しが効いたのか、誰も近づいてはこないし、逃げ出すものもいなかった。

 さて、とナガトは内心、吐息をつく思いだった。

 ――これで騎煌戦士が現れなければ、とんだお笑いぐさだ。

 ナガトは、さきの戦場で失敗をおかし、国を放逐された身であった。

 祖国へ帰参するには、どうしても、手柄のひとつやふたつはあげなくてはならない。そのためには、手段を選んではいられないのだ。

「おや、誰かと思えば、ナガト殿ではないかえ」

 突如、耳元で女の声が聞こえた。

 ナガトはふりむく。

 と、そこには、ナガトの肩に顎を乗せるようにして顔をみつめる、女がひとり立っていた。

 近づく気配など、微塵も感じなかった。

「ちっ。アサシノ、か」

「おや、久しぶりに会ったというのに、舌打ちとは、とんだごあいさつ」

「目ざわりだ、消えろ」

「ほほほ、消えろと言われて消えるほど、素直な性格をしていないのは、ご存じだろう」

 アサシノは、ちょっと間をとった。

 長い髪を片側だけ前にたらし、着物のえりをくずして、胸元をはだけさせて肩も露出させ、豊満な胸を誇示するように少し前かがみに、ナガトをみつめている。

 だが、ナガトは、そんな彼女の色気など気にもとめないそぶりで、目線を前にもどした。

 アサシノがあきれたように言う。

ぜんを追放されて、なにをしているかと思えば、武芸者ごっことは」

「ごっことは、無礼であろう。俺は、己をいちから鍛えなおしている途上だ」

「ふふふ、そなたがの王子を取り逃がしたのは、自身の甘さゆえであろう。武技ばかりでなく、精神も鍛えたほうがよいのではないか」

「だまれ、そんなことは、おぬしに言われなくとも、じゅうじゅう承知している」

「せいぜい修行にはげめばよい。それで、王のご勘気がとければよいがのう」

「逼塞していても、王がおゆるしくださるものでもない」

の騎煌戦士を斬るのも、そのためかえ」

「もちろん、俺自身のためでもあるが、騎煌戦士は、漸の脅威になりうる存在だ。早いうちに始末しておくにこしたことはない」

「なかなか、一筋縄ではいかぬぞ」アサシノは、知ったような口ぶりで言った。「まあ、倒せぬまでも、騎煌戦士の力量を確かめることができれば、こちらとしても好都合よ」

「おぬしがなにをしているかは知ったことではないが、邪魔はするな。でなければ、おぬしとて、斬るぞ」

 ナガトは瞳だけを動かし、刺すようなまなざしで、アサシノをにらんだ。

「おお怖い。あまりからかって、その長刀でまっぷたつにされてもつまらぬ話よ」

 アサシノは、音もたてずに、後ろに飛んだ。

「では、そなたの頑張りを、かげながら見守っておるぞえ」

 その姿が、まるで空気に溶けこむように、すっと消えてなくなった。

「ち、淫猥な」

 ナガトは唾棄するように言うと、僧侶たちをにらんだ。

「そこのお前、誰が動いていいと言った!」

 ナガトとアサシノが会話していることを隙とみてとって、逃げ出そうとした、まだ年若い僧侶に向って怒鳴る。

 そして、背中の長刀を抜き放つ。

 抜き放つと同時に剣圧が空を走り、居並ぶ僧侶たちをすりぬけて、後方のその若い僧侶のみを斬った。僧侶の背中がぱっと割れて、血が飛び散った。

「いま、僧侶をひとり斬った」

 ふたたび、アイゼンのスピーカーで叫ぶ。

「私の言うことが嘘でない証拠だと思え。騎煌戦士、早く出てこい。出てこなければ、怪我人が増えることになるぞ」

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