二ノ五 ナガト登場
サクミは、ヒヨリの指さすほうをみつめる。
手をかざし、目を細め、南に一キロほどの距離に位置する南空寺の五重塔を凝視した。
学問所から五重塔までは、高い建物もなく、土地も平坦なため、確かに塔はみえる。
その塔の横に、三階くらいの高さの、黒いなにかが存在するのはわかるのだが……。
ヒヨリは、壁を駆けあがるようにして、校舎の屋根へとのぼった。そして、ふところから望遠鏡を取り出して、引き延ばし、レンズをのぞく。
「ヒヨリ、なにか見えて?」
アスハ姫が、じれたように尋ねる。
「ええ、見えますね」
ヒヨリが集中をさまたげるな、とでも言いたげに、ぶっきらぼうに答えた。
「黒い鎧武者のような慧煌兵」
「それだけ?」アスハがせかす。
ヒヨリはのびをするようにして、みつめる。
「境内に人がいます。武芸者のような男がひとり。それをとりかこんで、僧侶が二、三十人」
すると、南空寺のほうから、声のようなものが聞こえてきた。
おそらく、慧煌兵のスピーカーを通してなにかを言っているのだろうが、ここだと距離があり、話をしているということはなんとなくわかるが、うぉんうぉんとうなっているようにしか、サクミの耳には聞こえない。
「なにか喋ってるみたいだけど、ヒヨリちゃん、わかる?」
サクミが問うと、ヒヨリは耳をすませるように、しばらくその声を聴いて、
「えっと……、はっきりとはわからないんだけど、騎煌戦士でてこい、戦え……、でないと僧侶をひとりずつ斬る、というようなことを言ってるわね」
「騎煌戦士?私のこと?」
サクミは背筋に寒いものを感じた。なぜ、その男は、自分と戦おうなどと言うのだろうか。
「それと……、女?」
「女?」
サクミがオウム返しに聞きかえした。
十数分前。
ナガト・ダイモンは、南空寺の門をくぐった。
この寺は、四百年ほども昔、この地に、那国の国都をきずいた時、都の守護、国家鎮護を願って建立された。
歴史があるだけに、建物は古めかしく黒ずんでいて、おもむきと威厳とが共存しているような雰囲気に、寺域全体がつつまれていた。
坊主が数人、ナガトを呼びとめるのもかまわず、境内をみまわす。と、五重塔が目についた。彼は、本堂のまえを通りすぎ、境内をよこぎって、塔のまえまで、ずかずかと歩いていく。
突如現れたこの曲者に、寺のあちこちから、僧侶たちが出て来て、三間(五メートルちょっと)ほど距離をとってとりかこんだ。
ナガトは、漆黒の長髪を後ろになでつけ、全身黒色で統一した着物を身にまとっていた。その背中には、鞘のさきから柄頭まで五尺(百五十センチ)ほどもあろうかという大長刀を差している。
彼は、どういう仕組みなのか、そのままでは抜けるはずのない大長刀を、背中からするりと抜きはなった。
そして、低い声で、つぶやく。
「来い、アイゼン」
ナガトの頭上に、黒い光の塊がうかびあがった。
紫色の雷光が走る。
光りに皆が目を細めたとたん、光のなかから、黒い巨人があらわれた。
「なんと、慧煌の巨人!?」
僧侶たちは恐れ、おののいた。
数人が、そこから逃げ出そうとするのへ、
「みな、動くな」
ナガトがするどく制止した。
「これより、お前たちには、人質になってもらう」
囲む集団たちのなかからひとり、年配の、それなりの地位にあると思われる僧侶が前にでてきて、ナガトに尋ねる。
「お侍様、なぜそのようなことを、突然いわれるか」
恐怖をおさえつつも、なんとか勇気をふりしぼっているのだと、あきらかにわかるほど、声が震えている。
「我々が、そのような無体な要求に屈するとでも思っているのか」
「お前たちが、屈するかどうかなど、どうでもいい。ただ、黙って人質になっていればいい」
「ふざけるでないわ」
力自慢の僧侶が数人、ナガトへ飛びかかろうとするのへ、長刀を横なぎにすっと振り払った。
それは、空を斬っただけのはずだった。
だが、一間(百八十センチ)以上も離れた、その僧侶たちの衣が裂け、腹や胸から血が流れでた。
だが、傷はさほど深くはないようで、みな、傷をおさえて、集団のなかへともどる。すぐに、治癒
「今のは単なる脅しにすぎん」
僧侶たちは、息を飲んだ。
「次に、妙なまねをしたら、ほんとうに斬る」
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