二ノ四 友達(二)
「なにかしら、あれ、なにかしら」
サクミは両手をにぎりしめ、歯ぎしりして彼女の後姿を見送っていた。
「人の上に立つ人間だからって、あそこまでわがままを言っていいとは思えないわ。むしろ、人の上に立つからこそ、みずからを厳しく律するべきじゃないかしら」
地団駄をふむ思いであった。
「いやはや、なんとも、楽しそうだ」
シオンは姫のうしろ姿を、優しくほほえみながら、見送っている。
「どこがです」サクミはいらだちをシオンへとむけてしまう。「あの人、いつも通り、不機嫌そうですけど」
「いや、僕はね、あんな楽しそうなアスハ姫をみたことは、一度もなかったよ」
サクミは、おや、と思った。楽しそうとは、どういうことなのだろう。
「最近、というのは、あなたがこちらに来てからのことだけど、彼女は明るくなった。それまでは、とにかくいつもつまらなそうでね。学友の前では明るくふるまってはいたけど、僕と会うときはいつも苦虫をかんでいるような顔をしていてね。生きていることが苦痛だというくらいな顔だったよ」
サクミはちょっと意外な印象をうけた。
「友達もできず、誰ともうちとけられず。それはそうだ、姫だからね。国の姫様に、うちとけて接する人なんていやしない。他人から出てくる言葉は、甘言と佞言。阿諛と追従。でも、サクミさんは違った。君は姫だからと言って、遠慮することはしないだろう」
「まあ、遠慮するしないはわかりませんけど、向こうの世界では、基本的に人類は平等という思想で生きてきましたから」
「姫という立場、姫という気位、国の大半の人間が自分より下の身分。そんななかで、対等に付き合える人物があらわれた。しかも、姫がどうあがこうとも手にすることができない、未知の力をもっている人物。心のそこから張り合えて、一所懸命きそいあえる」
いや、私はそれほどの人間では、とサクミはなんだか、くすぐったくなってきた。
たしかに、アスハはサクミに対して、当初の頃のような侮蔑をふくんだ態度はなりをひそめていた。たしかに言動には多分に嫌みがふくまれていたが、心の底ではサクミを認めているような雰囲気も見てとれた。彼女の、好き嫌いをはっきり表に出す態度は、子供っぽさのあらわれであろうが、いいかえればそれは、まっすぐな気性のあらわれでもあった。自分の間違いを訂正し、思い込みを躊躇なく捨てされる真っ直ぐさ。それは、素直さ、というものなのだろう。その素直さは、アスハの美点と言っていいものなのかもしれない。
サクミのほうでも、最初のころにあった姫に対する悪感情が、自分の心のなかから払拭されつつあることに、うすうすは気づいていたのであった。
「君という好敵手とめぐりあえて、彼女は本当に喜んでいるんだよ」
シオンはどこか遠い目をして言った。
「婚約者である僕もうれしい」
「え!?婚約者?」
「あれ、知らなかったの?僕とアスハ姫はいいなずけの間柄なんだよ」
「へ、へえ」
「そのために、歳もひとつさげて、同じ学校で身近に接するように、しくまれてもいるしね」
「え、歳?」
「うん、本当はひとつ年上なんだけどね、同じ歳ということにして、おたがいに親近感をわかせようなどという、親の考えたくだらない企みさ」
と言って、シオンは、いけない、とちょっとあわてたふうに口をおさえた。
「これは、うちだけの秘密だったんだ。ないしょにしておいてね」
いたずらっぽく片目をつぶって、
「ともかく、婚約者である僕でも彼女を楽しませることはできなかった。それを、君はすんなりとやってのけた。これからも、姫のことをよろしくい願いする」
シオンは去っていった。
彼はどこか大人びたふうがあり、二、三歳年上であったとしてもふしぎではないのだが、それにしても、息子の実際の年齢をごまかしてまで自分の思惑どおりにことを進めたいとは、権力者の底知れない恐ろしさを感じずにはいられないサクミであった。
授業が終わり、後片付けをしていると、席のよこの校庭に面した窓から、ヒヨリがひょっこり顔をのぞかせた。ここが一階なら、それも不思議ではないのだが……、
「ヒヨリちゃん、ここ二階よ!?」
サクミは思わず驚きのままに叫んでしまった。
「大変、サクミちゃん。慧煌兵があらわれたわ」
「なんですって!?」と答えたのは、アスハ姫であった。「どこに?」
「ほら、あそこ」ヒヨリは遠く、一キロほど向こうに見える五重塔を指さした。「
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