二ノ二 白銀の炎

 学校生活には、すんなりと慣れることができた。

 サクミは二年生で、むこうの世界の高校二年生と、まったくといっていいほど、おなじ感覚だったからだ。

 王立学問所「静明館せいめいかん」に通うのは、侍階級の子弟だけだった。

 サクミが世話になっていた寺の住職であったジョウンの祖父が、当時の国主から信頼され、社会制度の制定をまかされた。

 そこで彼は、その一環として、教育改革をはじめた。

 ほんとうは、侍も町人も同じ学校に通わせたかったようだが、それは、さすがに、身分制度が秩序として根付いているこの世界の価値観とかけはなれており、かなわず、侍は王立学校へ、町人は寺子屋へ、という制度を敷き、那国の学力の向上に努めたのだった。

 サクミは、席につく。

 だからといって、誰かから話しかけられるということは、ほとんどない。

 生徒たちの目には、サクミに対する軽侮が内包されていた。けっしてあからさまな態度を見せるではなかったが、サクミはそれを、感覚的な目で感じとってた。そこには異世人への偏見があったのだろう。

 授業のレベルは、高い。

 小学、中学、高校と、普通も普通の成績ですごしてきたサクミにとっては、ついていくのが精いっぱいというくらいの難度であった。

 徹底した教育改革により、那の国の領民は他の国々よりも格段に高い学力を持つ。優秀ならば百姓町人でさえも、時に他の国からヘッドハンティングされる、という話もうなずけるのだった。

 お昼になった。

 午前中に習った授業内容を、頭の中で反芻しながら、サクミは食堂へいこうと立ちあがる。

 ちなみに、教室は板の間で、座布団のうえで正座をして授業を聞く。

 正座ですわりつづける、というのは、そうとうつらいものがあると、生まれてはじめてサクミは知ったのだった。

 文机に腕をついて、よろよろと立ちあがったところへ――、

「みなさん、ちょっといいかしら」

 組長である、アスハが教壇にたって、演説でもはじめるつもりだろうか。生徒たちはみな、なにごとかと、ざわめいた。

「わたくし、先日来、考えていることがございますの」

 お転婆姫、なぜか学校では、お嬢様言葉を使う。

「今のこの国の風紀はみだれきっております。それもこれも、士分のものたちが、みな一様にやる気がなく、怠惰に役目をこなして平然としているからです」

 アスハは、ひとつ、息をすった。

「そこで私はひらめきました。大人たちがやらないのなら、私たちがやろう。侍が領民を守らないというのであれば、私たちが戦おう」

 学友たちは、ここまできいても、アスハの真意がつかめない。

 わかっているのは、半年前にともに戦った経験をもつサクミだけであろう。そして、このあと、ろくでもないことを言いだすであろうことも――。

 アスハが後ろを向き、黒板にチョークで文字を書きはじめる。(黒板とチョークの文化がこの世界には存在している)そして、書き終わった文字を、手のひらでぴしりと叩いて言った。

白銀はくぎんほのお!」

 一同、唖然と姫をみつめる、黒板の文字をみつめる、みくらべる。

 アスハは、これは自警隊の名前です、と説明し、

「われわれ学友が手をとりあい、この国に安寧をもたらそうではありませんか!」

 みな、どう反応していいのかわからず、その困惑は、もはや苦痛のレベルに達していた。

「白銀とは、ここにいる救世者、サクミ・サイゴウさんの慧煌兵のきらめく姿から連想した名前です。彼女が先頭となり、われらを勝利へと導いてくれるでしょう」

 とまどうサクミに、アスハは手招きをする。

「さあ、サクミさん、みなさんに意気込みをお聞かせください」

 サクミは驚愕した。

 ――この姫様、勝手に人を巻き込んでるっ!?

 冗談ではない、私はそんなあやしい集団にくわわるつもりは毛頭ない、とサクミは必死に首を横にふる。

「あら、サクミさんは、はにかみ屋さんでいらっしゃる」

 ほほほと笑ってアスハは、

「では皆さん、ふるって白銀の炎にご参加くださいませ」

 華麗にお辞儀をして、軽やかな足取りで、教室を出ていった。

 教室の空気は、数十秒、凍結しつづけた。

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