第二章 黒いサムライ

二ノ一 夢のなか

 サクミは光りのなかにいる。

 宙に浮かんでいる。 

 心地よい。

 なんともいいようのない温かい光につつまれている。

 ずっとこのままでいたい。

 そんなサクミの希求の想いをかきけすような声がきこえる。

 ――サクミ、サクミ。

 サクミは名前を呼ばれたほうを探すが、誰もいない。

 いや、声がどこから聞こえるかもわからない。右からも左からも――、四方八方から聞こえてくる気がする。

 ――サクミ、こっちだよ。

 やがて、おぼろげな姿が見えはじめる。

 それは、最初は光り輝く霧につつまれたようだったのが、しだいに人の形を見せ始める。

 ――サクミ、おいで、サクミ。

 彼、――おそらく彼は、長い髪に女性にしかみえない端正な顔、全身につやをおびた白い直垂ひたたれをまとっている。

 だれ、だれなの。

 聞こうとするが、声がでない。

 ――サクミ、サクミ、おいで、こっちだよ。

 サクミは手をのばす。

 すぐそこにいるようで、幾百キロ彼方にいるような彼に。

 ――私はまっている。キミをまっている。

 彼が、光につつまれる。

 待って、行かないで。

 叫ぼうとするが、声がでない。

 待って、待って。

 彼が、光になる。

 サクミは手をのばす。


 そこで、目が覚める。

 いつも、だった。

 ヴァイアンと出会って以来、幾たびとなく、見る夢。

 そして、ひどい悪夢をみたようにうなされ、天井へ手をのばした姿勢で目が覚める。

 ぜんしんぐっしょりと寝汗に濡れ、水中から顔をだした直後のように、息苦しい。

「また、あの夢をみたの?」

 隣に寝ていた少女、ヒヨリが声をかけた。

「うん」

「もう、朝よ。起きましょう」

「うん」

 サクミは身体を起こす。

 学問所「静明館せいめいかん」の寮は、日当たりもよく、窓からはいってくる朝の陽ざしが、目覚めたばかりの目に、まぶしい。

 あの日。

 ヴァイアンで戦った、翌日に、すぐに城から帰還をうながす使いがきた。

 サクミはこばんだ。

 人を勝手にこちらの世界に呼んでおいて、役にたたないからと一度みすてておいて、特異な能力があるとわかれば呼び戻そうなど、勝手をとおりこして、もはや横暴であった。

 何度も使者が国都と遠原村を往復し、妥協に妥協をかさね、落着した結論はこうだった。

 一、サクミは城下へもどること。

 一、城下へもどって以降は、国が運営する学問所へと通うこと。

 一、サクミの行動に国は干渉しない。

 もと住んでいたサクミにあてがわれた屋敷へもどるのは拒否した。結果、学問所の寮へ住むことになった。

 学校に通うまえに、もうちょっとこの世界の仕組みや文字など覚えたいことがたくさんあったこともあり、独学の期間をおき、入学は約半年後の四月から、と決まった。

 そして、入学して、もうすぐ五月。


 サクミとヒヨリがならんで校門をはいると、うしろから声をかけられた。

「あら、サクミさん、ごきげんよう」

 見ると(見あげると)、そこには、慧煌馬トーマにまたがったアスハ姫の姿があった。

 ほかに、騎馬で登校してくる生徒など皆無だ。

「おはようございます、アスハ姫」

 サクミは異常なまでに丁寧なお辞儀であいさつした。

 アスハは、馬のうえから横柄な笑顔を浮かべて、こくりとうなずき、通りすぎていった。

 彼女とサクミは、同じ組であった。

 当初、サクミよりもアスハのほうが一年年長だと思われていたが、こちらの年齢の算出はかぞえでおこなわれるため、サクミの言っていた満年齢とは、一、二歳のずれがあり、換算してみると、ふたりは同じ歳ということであった。

 もうひとり、莞公の嫡子であり、アスハのいとこでもある、シオン・イルマも同学年である。

 ヒヨリは、ひとつ年下だったので、一年生として入学していた。

 彼女は、サクミの警護役、を命じられているので(依頼主の名は絶対に彼女の口から漏れ出ることはない)、学校まで付き従うことになったのだった。

 サクミは、彼女に、敬称をつけずに呼ぶように懇請した。

 ヒヨリは、しぶしぶといったように、

「サクミちゃん」

 と呼ぶようになっていた。

 それと学校の女子の制服が今年度から導入された。

 白い着物に紺色の衿と、同色の膝丈の袴、ひざ下の肌が露出しないように、ブーツが考案された。

 サクミの以前着ていたセーラー服に着想を得てデザインしたのだろう、

「どこかの御令嬢」

 の無理押しで決定した、というのがもっぱらの噂である。

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