一ノ二十三 未来(第一章完)
「おーい、おーい」
どこかから、人の声がする。
サクミも、アスハも、辺りをみまわし、やがてその声が空から聞こえてくることに気づいた。
見あげると、白と朱色の、全長が五メートルほどの大きな鷹の形状をした慧煌獣が舞い降りてきた。
その背には、サクミの知らない青年と、医者と見える中年の男がふたり乗っていた。
鳥が着地すると、三人は飛び降り、
「医者を連れてきましたよ。なかなか気が利くでしょう」
青年が、さわやかな笑みを浮かべて、アスハに声をかける。
「ふん、そのていどのことで私の機嫌をとるつもりか、シオン殿」
それにほほ笑みで答えたシオンは、くるりと振り返ってサクミに向ってきていう。
「あなたが、騎煌戦士のサクミどのですね。お初にお目にかかります、莞公の嫡男のシオンともうします」
丁寧なお辞儀とともに、挨拶をしてきた。
サクミはあわてて頭をさげる。
「ふん、気ざわりな男だ」
聞えよがしなアスハのつぶやきが聞こえる。
医者たちは、すぐに、重症者の治療にとりかかった。ふたりは医療魔導術の使い手であった。
ともかく、百姓たちのみならず、敵にも、奇跡的に死者はいなかった。重傷者はいたものの、命にかかわるほどの者はなく、
「深い傷をおっていても、時日はかかるだろうが、完治する」
と医者ものちに語った。
死者がいない、ということは、今度の嫌な争いのなかで、一番の朗報だとサクミは思い、内心喜んだのだった。
アスハは村人たちに、野武士一味を明日にでも軍が押送に来るから見張っているようにと指図し、
「こたびは首尾よく勝利をおさめることができた。お前と
サクミに権高に言い放ち、愛馬トーマにまたがって、揚々と村をあとにした。
騎馬隊の面々はみな、その相貌に誇らしげな笑みを浮かべて帰っていった。自分たちのなした戦果に満足しているような笑みであった。
その夜、村をあげての大宴会となった。
村の真ん中に、戦いででた廃材を積み上げてつくった大きな焚火がたかれ、そのまわりを百姓たちがとりかこんでいた。
どこにこれほどの量があったのか、と不思議に思えるほどの酒と肴がふるまわれた。
サクミは酒は飲まなかったが、目につく食べ物は片っ端から口にほうりこんでいった。むさぼるように飲み込んでいく。ヴァイアンで戦ったせいだろうか、異常な空腹をおぼえていたのだった。
そこに、ジョウンが近づいてきていう。
「おつかれさまだったな、サクミ」
サクミは、食事の手をとめて、ジョウンの言葉を聞いていた。
「今度の一件で、城の連中も、またお前を連れ戻しにやってくるだろう。これからお前がどうなるか、どこでなにをするのかは、わしにもわからん。だが」
とジョウンは、やさしく微笑んでサクミをみつめた。
「お前なら、もう大丈夫だ」
サクミは、ジョウンをみつめかえした。
「ですが、私には自信がありません。それに、向こうの世界に帰りたい気持ちに、変わりはありません」
サクミは、焚火の炎に目をむけた。
「私はこの世界で生きていけるのでしょうか。ずっと和尚様のもとにいてはいけないでしょうか」
「
ジョウンはつぶやくように言った。
「どこであろうと、お前はお前だ。ただ自分のできることに、まずは専心しなさい。さすれば、見えなかったものが見えてくることも、きっとあろうよ」
この人に出会えてよかった、という気持ちがあらためてサクミの心に満たされていった。
ぐうとお腹がなった。
「あきれたやつだ。食え食え」
ジョウンが苦笑して言う。
サクミはおにぎりをつかむと、口いっぱいにほおばった。
百姓たちが歌い、踊りはじめた。
踊りながら、焚火の周りをまわりはじめる。
煌々とした十三夜の月が、皆を照らしている。
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