一ノ二十二 戦い終わって
「いつまでも浮かれているんじゃありませんっ!」
突然、アスハ姫の叱責がとぶ。
興ざめしたような、あきれたような顔をして、百姓たちは、いっせいに声のするほうを振り向いた。
胴上げをされて、宙に浮いていたサクミは、百姓のひとりに後ろから抱きとめられて、地上への激突はふせがれた。
「騒いでいる暇があったら、野武士たちを捕縛しなさい。あとは怪我人の治療。することがないものは、戦場の後かたづけをする!」
アスハは、てきぱきと指示をだす。
しらけた顔で、三々五々、あちらこちらにみんな散らばっていく。
サクミは、作務衣の乱れをなおして、さて、私はなにをしようか、と辺りをみまわす。
とにかく、負傷した人の手当てをしよう、私でも包帯を巻くくらいのことはできるはずだ、と考え、肩の傷を押さえている男に近づいた。
その背中へ、
「ちょっと、なにその頭」
アスハが軽蔑したような声をかけた。
「え、頭?」
サクミは、髪の毛が跳ねてでもいるのかと、頭を手でなでつける。
「髪の色が銀色になってるわよ」
ショートカットなので気がつかなかったが、前髪や横の髪の、長めの毛をひっぱって、なんとか視界に入れてみると、
「あ、ほんと、なにこれ」
いったいどうしたというのだろう、黒かったサクミの髪が、銀色に変わっている。
「きっとあの、白月の慧煌兵の影響でしょうね」
アスハはさほど不思議がるふうでもなく、話を打ち切るように言うと、近づいてきた彼女の仲間の少年と会話をしはじめた。
サクミも、髪の毛を気にしつつも、ともかく、傷を負った男の腕に、布を巻いてやることにした。手当てをしながら、アスハたちの会話を聞くともなしに聞いていた。
「ない?なくなっているとはどういうことだ?」
「それが、どこにも。倒れている頭目の周辺をくまなく探しましたが、見あたりません」
「私は、頭目が太刀をもったまま落下するのをみていたぞ。それが消えるなぞ、考えられるか。もっとよく探してくれ」
「はい」
不服そうに応じ、少年は立ち去っていった。
宝具白月は、お城のどこかに飾られていたのか、しまわれていたのかわからないが、今はサクミの腰帯に差されている。空間を飛び越えてきたのだ。とすれば、野武士の野太刀がどこかに消えても、おかしくはないのかもしれない。
思いながらも、サクミは次々に怪我人の手当てをしていった。
なぜか、怪我をした男たちが、サクミの周りに集まってくる。
なんだろう、と不思議に思いつつ手を動かした。自分の奥さんとかに手当てしてもらえばよさそうなものだが。
「やっぱ、若い女の子に治してもらいたいよな」
どこかから、誰かの声が聞こえた。
「それに、騎煌戦士のサクミちゃんに手当てしてもらったほうが、きっと治りは早いよな」
べつの誰かが言う。
ちょっと、あきれるサクミであった。
そうこうしているうちに、とらえられた蜥蜴族のなかで、人語を解する者が、アスハの前に引きすえられた。
その蜥蜴族は、ガラガラと、聞き取りにくい耳ざわりな声をしていたが、会話をするぶんには問題なさそうだった。
「ある日、村に、とつぜんあの慧煌獣があらわれ、大声で叫ぶと、とたんに我々はヤツにあやつられてしまった」
とその蜥蜴男は言った。
なので、今度の襲撃に関しては、みんな不本意なことで、人間に対する害意はまったくない、解放してもらいたい、ということを続けて言った。
しばらく黙考していたアスハだったが、
「よかろう」
と決然とした声で了解をした。
「貴様の話を信じよう。みな解放する。そのかわり、我が国になにかあったときは、助力を約束してくれ」
じつはこの時、アスハの心のうちでは、様々な思惑と打算が渦巻いていた。そして、この時の恩情が、のちのちにある程度の報恩としてかえってくるのであるが、それはずいぶん先の話。
蜥蜴族は、よろこび、彼らの暮らす深山幽谷へと帰っていった。
蜥蜴族は全員軽傷者ばかりだった。アスハやヒヨリに斬られたり、銃や弓矢で射抜かれたものもいたが、元来が頑強な筋骨をもった種族のせいか、傷自体はたいしたものではなかったようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます