一ノ二十一 天空一閃、魔導斬り!

 敵は膂力りょりょくで勝っている。

 バクリュウは、ヴァイアンの胸に額をおしつけたまま、ぐいぐいと押してくる。

 サクミは、全身に力をこめて、それに耐えていたが、じょじょに後退しはじめた。

 十メートル、二十メートル――。

 背にはもう真惺寺の山門が指呼の距離に見え、石段の下には、――のんきにメカ格闘を観戦している農民たちもいたし、治療を受けている者、倒れている蜥蜴族たちもいた。

「どうした、どうした、あとがねえぞっ!」

 野武士の下卑た恫喝が耳にはいった。

 ――このままじゃ……。

 彼らを戦闘に巻き込むことになってしまう。

 サクミはヴァイアンの腕で、バクリュウの胴体をつかみ、さらに踏ん張る。

「これじゃあ、まるで、お相撲ね」

 サクミは、歯を食いしばりつつも、苦笑するようにつぶやいた。

 ――相撲?

 そうだ、と彼女の頭にひらめくものがあった。

「うっちゃりだぁっ!」

 ヴァイアンの、のびきった上半身を沈め、腰を充分に落としてひねり、みずからの身体ごと投げだすようにしてバクリュウを投げ倒す。

 力を込めていたベクトルをずらされ、勢いがそれた恐竜ロボットは、二、三十メートル空中を飛んで、林のなかに、木々をなぎたおしつつ転倒した。

 同時にヴァイアンも倒れ込む。

 数秒後、両者がほぼ同時に立ちあがった。

「ふざけるなよ、小娘!」

 バクリュウの雄叫おたけびと、野武士の雷声が同時にこだまする。

「もう、手加減なしだっ。木っ端微塵に噛み砕いてやるっ!」

 恐竜ロボが腰を落とす。また、突撃してくる構えだった。

 ――こんど体当たりされたら、こらえきれるかわからない。

 サクミは焦燥にかられた。

 ――どうする、どうする。

 もう、ヴァイアンの足元では、百姓たちが右往左往しているような状況だ。

 押し倒されでもしたら、確実に被害がでてしまう。

「ぶっつぶれろぉっ!」

 叫びつつ、バクリュウは突進をはじめる。

 サクミは、両腕を大きく弧を描くように動かし、頭上へと持っていき、両手で刀の柄をつかむ。

「うなれ、白月」

 サクミの声に呼応するように、白月が、光を持ちはじめる。

「空を斬れ、天をつらぬけ」

 凄まじいスピードで突貫してくるバクリュウ。

「天空一閃っ!魔導マドー斬り!」

 ヴァイアンが腕を振りおろす。

 刀の軌跡にそって形成された三日月状の光が、バクリュウ目がけて空を斬って飛んでいく。

 突進するバクリュウの、首元から胴体まで、ざっくりと斬り裂いた光の刃。

 鼓膜を震わすバクリュウの叫喚が山間の村に響きわたった。

 やがてその巨体は、どす黒い光のような塊に変じ、霧散するように消滅した。己が封じられている宝具の野太刀へと戻っていったのだった。

 野武士の頭目が、コクピットから投げだされ、地上に落下した。

 慧煌獣は、死なない。

 たとえ命にかかわるようにみえるほどの重傷をおったとしても、宝具へと戻り、やがて自己修復する。ただ傷の程度によって、回復の期間に長短が生じるだけである。

 サクミは、コクピットでため息をついた。

 これでほんとうに終わったのだろうか、安心してもいいのだろうか、と。

 彼女の身体が光につつまれ、数秒後には地上に立っていた。

 ふりかえると、巨大なロボットがやさしい瞳でこちらをみつめて、立っている。

「ヴァイアン」

 サクミは、彼の名前をつぶやいた。

 ヴァイアンは役目を終え、白銀の機体をじょじょに真っ白な光が包み、光の粒子を舞い散らせながら姿を消した。

 ふと気づくと、数十人の百姓たち、男も女も、子供もお年寄りも、みんながいっせいにサクミのもとへ駆けてくる。

 うおお、うおおと、歓声をあげながら、集まった人々に、サクミはもみくちゃにされ、やがて持ち上げられると、みんなに胴上げされた。

 なんども、なんどもはてしなく。

「あ、ちょっと、みんな、やめてっ」

 言いながら、サクミは喜悦していた。

 あきらかに、どさくさにまぎれて、胸やお尻をさわられているのがわかっていたが、まあ、いいだろう。

 サクミは歓喜に満たされ、笑った。

 こちらの世界にきて以来、心のそこから、はじめて大声で笑った。

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