プロローグ 五

 サクミとマコモは、地上に降り立った。

 ヴァイアンは、光に変わり、粒子を散らして消えていった。

 サクミは子狐マコモを抱き上げ頬ずりをする。

「かわいそうだけど、おねえちゃんたちは、あなたを飼ってあげることができないの。お父さんやお母さんのところへ、ひとりで帰れる?」

 その、丸みをおびた、あまりにも母性本能をくすぐる容姿に、たまらず頬ずりをしつづける。

「それとも、町までくる?飼い主を探してあげようか?」

 サクミは力いっぱいだきしめ、頬ずりにも力をこめる。

「ああ、サクミちゃん、それは……」

 ヒヨリが近づいてきてまるで忠告するように言った。

「え、なに?」

 すると、ぽん、という心地よい音とともに煙がわき、子狐がとつぜん少年に変化した。

「ぎゃあああっ!」

 サクミはあまりの驚きに、子狐マコモを放り投げてしまう。

 マコモは、空中で一回転して、着地した。

「あら、狐族だったのね」あまり驚いたふうもなく、アスハがトーマにまたがったまま近づいてきた。

「そんな気がしてた」ヒヨリは面白そうな顔をする。

「え、狐族?」

「そうだよ、ただの狐だと思っていたの、おねえちゃん」

「きゃっ、しゃべった!?」さらに驚愕するサクミ。

「さっきから、驚きっぱなしで、面白いね、このおねえちゃん。異世人ってこんなんなのかな」

 マコモは、見かけの幼さに似合わず、ずいぶん達観したような口ぶりだった。その見ためは、六歳くらいにみえ、耳とシッポは狐のままで、着物もちゃんと着ていた。

 マコモを見つめるサクミを、マコモも見つめ返した。

 彼は、思う。洞窟の暗がりで見た時はサクミを綺麗な顔だと思ったが、陽のもとでみると、ごく普通の顔立ちだという気がした。だが、彼女のやさしさは、美しい。この戦国の世の中で、おそらくそれは稀有なものであろう。見た目の美しさよりも、何倍もの価値があるだろう。

「おいら、マコモ」子狐は自己紹介をはじめた。「餌をとっていたら、あの野盗たちに捕まってね。助けてくれたお礼がしたいけど、なにもできなくてごめんなさい。ごめんなさいついでに、奉公先を探してくれるとありがたいな。せっかくおねえちゃんたちとも知り合いになれたんだし、人間社会をのぞいてみるのも、悪くないかな。社会勉強ってやつだね」

 立てた板に水を流すように、マコモは喋った。

 その口調に、サクミは、ひょっとして、この子は、見かけよりもずっと歳をとっているんじゃないか、という気がしたくらいだった。

「おーい、おーい」

 空から、声が降ってきた。

 見あげると、全長五メートルほどの赤い鷹型慧煌獣ロボットが大きく翼を広げて舞い降りてきた。

「みなさん、お迎えにあがりましたよ」

 その慧煌鳥には少年シオンが乗っていた。

「あなたはいつも、戦いが終わるのを狙いすましているようね」

 遅刻してきた同じ歳の少年に、アスハの嫌味がほとばしる。

「いやあ、これでも急いできたんですけど」

「まったく、気ざわりな男」

 アスハはトーマの鼻先を城下へと向けた。

「あれ、乗っていかないんですか」

「私はいいわ、トーマで帰る」

 アスハは手綱をたたいて、さっさと帰途についた。

「じゃあ」とシオンは残りの面々に顔をむける。

「私もライマルで帰りますので」ヒヨリが答える。

「だったら、私とこの子を乗せてください」

 サクミは、お辞儀をしておねがいした。

「おや、狐族。めずらしいね」

 じゃあ、乗って、とシオンは慧煌鳥の背にふたりをいざない、飛び立った。

 春とはいえ、上空の空気は冷たい。

 サクミとマコモは、戦いで火照った身体に風を感じ、その冷たさをここちよく思った。


 時に、祥安しょうあん八年五月。

 戦国の世。

 隣国ぜんに圧迫されるの国の未来は、霧にかすんだように不透明であった。

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