第一章 はじまりの話
一ノ一 夜空の虹
満天の星空。
白銀の月。
いつもと変わらぬ夜空に、星が一条流れた。
天守閣の手すりにアスハはよりかかり、東に遠く見える
三層に組まれた櫓の最上階は舞台になっていて、その周囲には篝火が大量に配され、半里も離れたここからでも目にまばゆくうつるほど、煌々と舞台を浮かび上がらせていた。
――父も老いぼれた。
アスハはその秀麗な眉目をゆがませて、心で父王をなじった。
その外圧から逃れようと、父がいいだした。
「異世界から
救世者たる騎煌戦士の助けがあれば、漸国などとるにたらぬ、と――。
アスハは唾棄したい気持ちで、その言葉を聞いていた。
父も六十を過ぎ、ずいぶんつまらない妄言を口ばしるようになった。ただの思いつきを、天才的な閃きと思い込み、唐突に奇妙な行動をとるようになった。
その最たるものが、あの山頂にそびえ立つ櫓だった。
ここからではよく見えないが、おそらく、舞台のうえでは巫女たちが踊り、舞い、召喚の儀式なるものを続けているのだろう。
くだらない妄執にとりつかれた父を、アスハは嫌悪した。
たしかに、別世界からの
だがそれは偶然の産物であるし、この世界のうちで、数年にひとりあらわれるかあらわれないかの、微小な可能性でしかない。それに那にはもう百年近く渡来していないはずだ。
しかも、あらわれた異世人が有能者である可能性はさらにひくい。
彼らはこの世界にあらたな文化や文明の発展をもたらす。
たったひとりの異世人が世界の発展に寄与することは絶大なものがあった。
あるものは宗教を、あるものは文学を、あるものは科学技術を――。
だが、無能な異世人もいたのだ。
文献にいくらでもその事例は連ねられている。
それでも、針の穴ほどのわずかな可能性にかけ、父は異世人を召喚しようとしている。
特別な儀式をもって呼び寄せた異世人は、かならず救世者たるほどの能力者であるという、根拠のない確信を胸に、父はあの櫓のしたで舞台を見あげているのだろう。
また、星が流れた。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
やがて流星は数を急激に増加させ、やがて、漆黒の天空が異常な明るさをおび、青とも緑ともつかない不可思議な色彩で輝きはじめた。見る者が見れば、それを、
「オーロラ」
と呼ぶであろう。
アスハは瞠目した。
そして……。
妃燕山に星が落ちた。
巨大な光の尾は天を貫くほどのび、その付け根にある山の頂上を真っ白に輝かせている。
アスハは身をひるがえした。
「姫、どちらへ?」
あわてて問う侍女の声を聞き流し、階段を駆けおりる。
天守閣をでると、追いすがるようについてくる侍女にむけ、大声で叫んだ。
「巴をもてっ、妃燕山へ向かう!」
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