一ノ二 召喚
サクミ・サイゴウは目をひらいた。
なにが起きたのか、まったく理解できない。
朝、自宅の玄関のドアを開けた。
そとに一歩ふみ出した。
瞬間、立ちくらみのようなものに襲われ、自分が光に包まれたような気がした。
そして、今いるここは……。
目をしばたたかせ、じょじょに戻りつつある視界から得られる情報から、推察を重ねた。
だが、いくら重ねても、まるで理解ができない。うつぶせで寝転がり、首だけなんとか動かして、周囲を観察する。
サクミはいま、自宅ではない、木製の板の上にいた。そこは、二十五メートル四方ほどの広さで、景色から(と言っても夜空しかみえないが)推察すると、けっこうな高層階にいるようであった。
その空間の端、手すりの辺りには、篝火に照らされて巫女のような女性の姿が見え、その人もじっとこちらを観察している。
目を動かすと、巫女はひとりではなく、数人いることがみてとれた。
サクミは指を動かしてみた。手のひらを握ったり開いたりして、動かせることを確認する。足に力を入れてみる。どうやら動くようだ。
まだ醒めない頭のまま、身体をおこした。
四つんばいの姿勢で首をたれ、じっと床をみつめ、まださだまらない焦点を懸命にもどそうとした。動悸が大きい。鼓動がひどく胸を打つ。
やがて、荒々しい足音とともに、男の声が聞こえた。
おそらく老境にさしかかったと思われるその声の主の男は、興奮を隠さずに、声高に叫びつつサクミに近づいてくる。
「来たっ、本当に来たぞっ」
だが、間近に迫ると、足音も声も、じょじょに力を失っていくようだった。
足をとめ、その男は無念極まるといったふうにつぶやいた。
「女、だと?しかも、小娘ではないか」
サクミは、首を動かし、声の主をみやった。
そして、驚愕した。
――侍?
テレビ時代劇でみるような装束に身をつつみ、ちょんまげを結った六十歳ほどの男が自分を見おろしていいる。
サクミは、立ちあがろうと身体を起こし足に力をこめる。
だが、ちょっと膝を床からあげると、腰が抜けたようになって尻餅をついて、床に倒れた。めくれたセーラー服のスカートのすそをあわてて手でおさえる。
男が溜め息とともに、首をふる。
「まあよい、とりあえず屋敷につれていけ。役にたつかたたぬかは、明日に判断しよう」
きびすをかえし、あらわれた時とは正反対に、静かに男は立ち去った。その背はどこかうなだれているようにもみえた。
と、とつぜん激しい頭痛に襲われた。
刺すようにうずくその痛みに顔をゆがめ、栗色の短髪をかきむしるように頭に手を当てるサクミの周りに、巫女たちが集まってきて、身体を支えるように手をのばしてきた。
「肩をお貸しします。立てますか?」
ひとりの巫女の声にうながされるように、サクミは彼女の肩に腕をまわして、よりかかるように立ちあがった。まだ足元はおぼつかないものの、なんとか立ちあがれたし、歩くこともできた。べつの巫女が、反対側から支えてくれ、そして、三人で、男の後を追うように歩きだした。
頭痛もしだいにおさまっていき、だんだん醒めていく意識のなかにあって、サクミの頭はまだ、なにも理解できないままであった。
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