一ノ三 救世者
地上へおりると、そこは山の頂上であったが、百メートル四方ほどの平地が広がっていて、櫓のすぐ脇には駕籠が用意されていた。それは時代劇でまま見かけるような、お殿様の乗るきらびやかな装飾がほどこされた、豪華な駕籠であった。
サクミは居並ぶ侍にうながされるままに、それに乗ろうとしていた。
そこに、一頭の馬が駆けてくる。
馬蹄の響きにつられるようにして、サクミはそちらに顔を向けた。
サクミは驚愕した。
馬、――たしかに馬であったが、それはまるでロボットであった。
機械の関節と無機質な白い装甲。頭部には二本の大きなツノが前方に突きだすようにはえていて、サクミが以前遊んだロールプレイングゲームで主人公が乗っていたバイコーンのような姿をしていた。
馬はロボットであったが、動きはまったく普通の馬と同様であった。遠目で見れば普通の馬と区別はつかないであろう。
そしてその鞍上には、着物姿の、馬乗り袴をはいた、サクミと同年代の十六、七歳とみえる少女が乗り、右へ左へと気が落ち着かなげに身体を動かすロボット馬を
後頭部で束ねた髪をなびかせながら、少女は、サクミを馬上から見おろす。
「これが……」少女の瞳はあきらかに侮蔑の色をおびていた。「こんな小娘が、騎煌戦士だというのか」
言ったその声にも、侮蔑の響きがやどっている。
「まあいい。救世者だろうと、騎煌戦士だろうと、本物であれば、いずれ天分はあらわれよう」
侍たちは、その少女、――アスハの放言に取りあおうともせずサクミを駕籠にいざなった。
サクミが乗りこみ、戸が閉められると、静かに駕籠が動き出す。
――夢だ。
サクミは、駕籠に揺られながら思った。
夢だと思わなくては、こんな三流ファンタジー小説のような世界にいる自分を納得させるすべはなかったのだった。
駕籠は壮大な屋敷のまえにとまり、サクミはその奥の十畳ほどの部屋に通された。そこにはすでに布団が一組敷かれていて、部屋にいた侍女に手伝われて寝衣に着がえ、布団に身を横たえた。
あらがいようもなく、まぶたが閉じられた。
――おかしい。
サクミが家を出たのは、朝だったはずだ。母と口喧嘩をして、怒気につき動かされるまま玄関を飛び出し、そこで光につつまれた。ほんの小一時間まえまで眠っていたはずなのに、こうして横たわると、まるで二日も三日も寝ていなかったように、睡魔が夢のなかへとサクミを導いた。
夢のなかで眠るなど、今まで経験したことはなかったが、それもいいだろう、とサクミは思った。
――目が覚めたら、きっと家のベッドの上だ。
さしこむ光のまぶしさに、いやおうなくまぶたを開かされる。
すでに朝のようだ。
障子を通してサクミを照らす朝日は優しい光。
あおむけに寝ころんだまま見つめる天井板は黒ずんでいて、木目がくっきりと描かれていた。
実家の部屋の天井ではなかった。
まったく知らない天井の色。
自分がまだあの、ばかばかしいファンタジー世界にいることを認識させられた。
「お目覚めですか?」
布団の脇に控えていた侍女が声をかけた。
サクミは無言でそちらに顔を動かす。
「申し遅れました」とその侍女はすこし頭をさげるようにして、言った。「わたくし、ヒヨリと申します。あなたさまの身のまわりのお世話をするよう、おおせつかっております」
言って、ヒヨリという少女は頭をさげた。サクミよりもひとつかふたつは年少のようで、小柄な体に丸い顔に丸い目をもっていて、あどけない印象をあたえる女の子だった。
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