一ノ十九 サクミ、がんばる

 ヴァイアンの咆哮は、蜥蜴族たちの意気をいっせいに消沈させた。

 そのまま気絶してしまうものもいたし、意識をたもっている者も、ふいに白昼夢から目覚めたように、自分がどこにいるのかわからないというふうに辺りをみまわし、驚いたように森のなかへと逃げ込んでいった。


 アスハ姫は、蜥蜴族たちが倒れ、逃避した周囲を見まわして、唖然とした。騎馬隊の面々も、動揺したようにきょろきょろと頭を動かす。

 ――なにが起きたのか。

 突然あらわれたあの巨人は……。

「なんだあれは」

 アスハのゆれる瞳は、美しい白銀の巨人をみつめたまま離せなくなったように、ヴァイアンにそそがれる。

「どこからあんな慧煌兵が……」

 アスハの頭のなかが、くるくると回転する。

「白月……。慧煌兵……。遠原村……」

 すべての平仄があい、喉のつかえがとれたように、心よさげに、微小した。

「サクミ・サイゴウ……、サクミ・サイゴウか」


 アスハだけではない。

 真惺寺に退避していた百姓たち、和尚のジョウン、忍のヒヨリも、息を飲んで、白銀の巨人をみつめていた。


 ヴァイアンの頭部がうつむき、その目がサクミを見つめる。

「ヴァイアン……」

 私はなぜ、このロボットの名前を知っていたんだろう、と不思議に思うのだが、彼の目を見ていると、なぜか、心が落ち着くような、不安感が取り払われるような、奇妙な安らぎを覚えるのだった。

 ――知っていたんだ。

 私は、彼と出会う運命だったのだ、という気がしていた。

 ヴァイアンの目から、光が発せられ、サクミをつつんだ。

 彼女のからだが、ふわりと浮きあがり、ヴァイアンの目へと吸い込まれていった。

「ここは……」

 サクミはゆっくりと首を動かす。

 いつの間にか、ヴァイアンの、おそらく頭部にあるコクピットにいた。

 周囲には、おそらくヴァイアンの見ているカメラ映像が映し出されている。

 足下は、黒い板状のものがあり、それに立っているのだが、周りの景色は、十三メートル上空のものだった。

 首を動かす。腕を動かす。

 おそらく、サクミの動きに合わせて、ヴァイアンも可動しているのだろう。

 手に持っていた刀、白月はいつのまにか鞘におさまって腰にあり、無腰だったヴァイアンの腰にも、同じ形状の刀が光とともにあらわれ、装備されていた。

 そして、サクミの身体には、いままで着ていた作務衣ではなく、白くて身体にぴったりとはりついたボディースーツがあった。

 自分の身体のラインが出てしまっているのが、なんとなく気恥ずかしいが、誰がみているわけでもない、と羞恥心をふりはらい、顔をまえにむける。

 目の前にいるのは、赤黒い恐竜ロボット。

「しゃらくせえっ!」

 恐竜型慧煌獣バクリュウのスピーカーを通して、操縦者である野武士のかしらの声がとどろいた。

「そんな華奢きゃしゃな体格で、なにができるっ。俺様のバクリュウの力で粉砕してやるわっ!」

 バクリュウが吠える。

 直後にこちらにむかって突撃してくる。

「うわっ!?」

 反射的に、腕でガードする。

 その腕に頭突きをくらわされ、ヴァイアンがよろめいた。

 体勢を立てなおすすらあたえず、バクリュウは大きく口をあけ、吠えながら、ヴァイアンの右腕に噛みついた。

 左腕を上顎にあて、必死に引き離そうとしたが、がっしりと牙が食い込み、どれだけ力んでみても、はがせない。

「くっ」

「ぎゃはははは」野武士がいやらしく笑う。「このまま食いちぎってやるっ!」

「このぉ!」

 サクミは苦し紛れに、バクリュウの頭部に頭突きをいれた。

 バクリュウは叫び声をあげて、その拍子に顎がはずれ、後ろにすこしよろめいた。

 慧煌獣も痛みを感じるのだろうか。

 だが、ふたたび顎をひらき、ヴァイアンに噛みついてくる。

 サクミは、今度は相手の上下の顎を両手でつかみ、攻撃を封じた。

 だが、バクリュウはそのまま強引に、ヴァイアンの頭に食いつこうとしてくる。

 それを阻止しようと、サクミは両腕に必死に力をこめ、耐えた。

「ちょっと、なに情けない戦いかたしてるの!」

 どこかから、女の声が聞こえてきた。

 見まわすと、ヴァイアンの足元に慧煌獣トーマにまたがるアスハがいて、しきりにわめいている。

「しっかりしなさい、あなた、騎煌戦士でしょう!」

「そ、そんなこと言ったって……」

 私は普通の女の子だ、ただの女子高生だ、いきなりロボットを操縦してまともに戦えるわけがない、とサクミな内心弁解したいところだった。

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