一ノ十八 ヴァイアン、戦場に立つ
サクミは身をひるがえし、山門を飛び出した。
潰走し、石段を全速力で駆けあがってくる百姓たち。
だが、戦場から退却するとき、一目散に逃げるのはいけない、と以前観た時代劇で言っていた。
脇目もふらずに敵から逃げるというのは、一見逃げきれそうに思えるのだが、相手の各個撃破の
それがわかっているのだろう、アスハ率いる騎馬隊は、追いすがる蜥蜴族を蹴散らし、追い払いつつ、じわりじわりと後退している。
ヒヨリも、百姓たちを逃がすため、敵の注意をあえてひきつけながら、ゆっくり退却しているようだった。
そうして
石段の下や、段をのぼっている途中の百姓が、つぎつぎに蜥蜴族の餌食になった。
山門を目指して駆けのぼってくる百姓たちが、噛みつかれ、殴られして、石段から転げ落ちていく。
百姓が、サクミにむかって、すがるように手を伸ばした状態のまま、後ろから食いつかれ、倒れ、石段をすべり落ちる。
サクミは、白月の鞘を、作務衣の帯に挟むと、柄を両手でつかみ、石段にそわせるようにして、横なぎに振った。
重低音の、腹に底に響くようなうなりをあげて、剣圧が走り、蜥蜴族だけを斬った。彼らも、野武士たちと同様、身体の表面に外傷はなく、ただ、心を打ち砕かれ、くずれおちる。
サクミは、さらに一歩踏み出すとともに、刀を振る。
周辺にいた残りの蜥蜴族も、その一撃で撃滅する。
すぐさま石段の途中にいた百姓に走り寄り、助け起こそうとした。だが、その百姓は、
「おれはいい、大丈夫だ。それより、戦場に取り残された連中をたのむ」
「でも、そんな怪我じゃ……」
「いいから行けっ、行ってくれっ、あいつらを助けてくれ」
必死の懇願に突き動かされるようにサクミは立ちあがり、石段を駆けおりた。
敵のティラノサウルス型慧煌獣バクリュウは、百姓たちも、味方であるはずの蜥蜴族たちも、ふっとばし、叩き潰し、その通った道程を荒れ野と化しつつ猛進撃を続けている。
それに圧されるように、アスハ姫たちの騎馬隊も、ヒヨリもどんどん後退する速度をあげていた。
白月を振り、剣圧で周囲の蜥蜴族を沈黙させつつ、サクミは前進した。
バクリュウはもう、目の前と言っていいほどの距離に迫っている。
その巨体の威圧と、押し寄せる蜥蜴族たちに抗いきれなくなった騎馬隊は、ついに北へ遠ざかってしまった。
ライマルの背にのっているヒヨリも、こらえられず、戦場に背を向けて、こちらに退却しはじめた。
サクミと逃げてくるヒヨリの目線が合った。
「サクミさん!?」
なぜここにいるのか、と驚きの声をヒヨリが発する。だが、直後にサクミの手にある刀に目をとめた。
「それは」
「よくわからないけど、お城からワープしてきてくれたのよ」
「わー……、ぷ?」
「とにかく、やれるだけのことは、やってみる」
サクミは歩を戦場へ、――バクリュウへと進めていった。
その巨体はすでに至近距離。
恐竜が、血走ったような真っ赤な目をサクミに向けた。
そして、けたたましく吠えた。
耳に刺さるような高音と圧力によって、吹き飛ばされそうになる身体を、サクミはお腹に力をこめて、けんめいにたえた。
彼女の心にあるのは、もはや怒りのみであった。
敵も味方もなく、すべてを無思慮に破壊する、冷血な者に対する凄まじい怒りであった。
サクミは、メカ恐竜の眼力をはねのけるようににらみかえし、剣を天空にむけて突き上げた。
白月が光を放ち、光がサクミを包む。
その光のなかでゆらめく、サクミの髪が、銀色へと変化していった。
「我、求む。大地に降り立ち、命を救え」
裂ぱくの気合いを込めて叫ぶ。
「いでよ、ヴァイアーンっ!」
刀身から発せられた光りが天空をつらぬくように走る。
光りが集束すると、上空に巨大な光が発生した。
その中からサクミの後ろへと落ちてくる巨大な影。
そして、地響き――。
サクミが振り向くと、そこには、衝撃を受け流すように片膝をついて着地した巨大な人型の、銀色のロボットがいた。
洋風の兜の、前につきだしている尖ったひさしと、マスクの間のスリットからは、全体が赤く瞳ばかりがオレンジに輝く、ふたつの眼が、静かに彼女を見つめていた。
巨体がゆっくりと立ちあがる。
全身が白銀に輝く十三メートルほどの威容が、サクミの視界いっぱいに広がっていく。
西洋式甲冑のようなデザインの鎧。
袖(肩当て)や草摺り(腰装甲)、|手甲や
立ちあがった銀色の騎士ヴァイアンは、顔を敵へと向ける。
そして、咆哮した。
戦場すべてを圧するような、白月から発せられた剣圧音に似た、腹に響く重低音の咆哮だった。
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