一ノ十七 心を斬る刀

 肉食恐竜型慧煌獣バクリュウの出現により、戦場は阿鼻叫喚をきわめる状況におちいった。

 百姓たちは完全に浮き足だち、われ先にと、真惺寺へ後退してくる。

 そして、その真惺寺では、突如現れた野武士たちの襲撃に、境内にいるすべてのものたちは完全に圧倒され、のまれていた。

 サクミは総毛だつ思いがした。

 逃げ出そうとした百姓の女房のひとりが、野武士に髪をつかまれ、引きずり倒された。それを助けようと立ちあがった怪我をした百姓が、横合いにいた別の野武士に殴り飛ばされ、口から血を吐いて倒れ、微動だにしなくなった。

 さらに別の野武士が野太刀を振り上げる。逃げる百姓の背に、なんの躊躇もなく振り下ろされ、百姓はつんのめって境内の木に抱きつくようにして倒れ、崩れ落ちた。

 野武士たちの、下品な高笑いが、そこかしこから聞こえる。

 それでも、まだ比較的無事な百姓たちは、女たちや、サクミやジョウンをまもろうと、野武士たちを囲むようにして気張っていたが、やはりおよび腰で、じりじりと後ろにさがってきていて、塀や本堂の壁やそこここにはえた木に背中を打ちつける状態だった。

 野武士たちの暴虐がはじまった。

 男たちはもとより、女さえも殴られ、蹴られている。

 なかには、

「あんたらなんか、怖いもんか。相手になってやるよ、かかってきなよ」

 叫んで棒きれをふりまわす、気丈な女房もいた。

 だが、野武士の太い腕で棒はむしり取られ、髪をつかまれると、もういっぽうのこぶしで、何度も顔を殴られ続けた。

 野武士たちは、即座に人の命を奪おうとしているようにはみえなかった。じわりじわりといたぶって、苦しみ、もがく百姓たちを見て、快感をえているようにさえ見えた。

「なんで……」サクミは絶望のうちにつぶやいた。「なんでこんな、ひどいことをするの。なんで平気で人を傷つけられるの」

「これが、戦国なのだ」ジョウンが諭すように言う。「この村だけじゃない。晶月の、いたるところでこのような惨状が繰り広げられている。毎日、毎日」

 ジョウンは、嘆くように首を左右に振った。

「強いものがすべてを手に入れる。弱いものはしいたげられる。他人の命より自分の命。他人の苦しみより、自分の快楽」

「そんなの、私はいや!」

 サクミは怒りのまま、叫んだ。

「たとえ戦国の世のならわしでも、私はいやっ。こんなの正しいはずがないっ」

 サクミの声に反応し、ひとりの野武士がいやらしい顔をこちらに振り向け、じょじょにせまってくる。

 ジョウンが、さっと、その前にたちふさがる。

 だが、野武士の殴打の一撃で、ふっとばされ、門柱にぶつかって倒れこむ。

 サクミは、恐怖するよりも、怒りでみたされた。

「ゆるさない。お前ら、ゆるさないっ!」

 すると――。

 その声に導かれたように、突然、サクミの目の前にまばゆい光が輝きだした。

 野武士は顔をそむける。

 サクミは、光のなかに、なにかにいざなわれるように手をのばした。

 そして、なにかをつかんだ。

 光りがやわらぎ、やがて消滅した。

 その左手には、純白の鞘、純白の柄巻の刀。

白月しらつき……」

 サクミはつぶやく。

 そして、右手で柄をにぎり、無心で引きぬいた。

 と、煌めく光の粒子とともに、白銀の刀身が、姿をあらわした。

 サクミは、白月をかかげ、軽く試すように、振り下ろした。

 剣圧が光りとなり、前方に放たれた。

 その剣圧の光は空気を引き裂くように走り、前にいた野武士を斬り裂いた。

 かに見えた。

 野武士にはまったく外傷はみられない。

 だが、野武士は、立ったまま意識を失ったように、ばたりと仰向けに倒れた。

 サクミは今度は、横なぎに白月を振る。

 空気を切り裂く音とともに、半円状に光の剣圧が広がっていき、境内にいる野武士を、――野武士だけを、斬り裂き、彼らはいっせいに倒れ伏した。やはり、斬られたような傷は、いっさいみられない。

「これは……」

 ジョウンが殴られた頬をさすりながら、立ちあがった。

「人の精神を斬る剣か……」

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