一ノ十六 強襲の恐竜
アスハ姫の率いる騎馬隊たち、たった八騎の活躍により、戦況がふたたび逆転した。
騎馬隊に触発され、発奮した百姓たちが、蜥蜴族に立ち向かっていく。
「火だ!」どこかから、誰かが叫んだ。「たいまつで目を狙え!」
おお、と数人の百姓が応じつつ、
「どこに火があるんだよ!」
火、火はないか、と呼びかけが戦場を伝わっていく。
それが、アスハの耳に届いた。
「火?」
愛馬トーマの手綱を引いて、辺りをみまわす。
「あれだっ」
アスハは戦場の後方にある小さな農具小屋に目をとめた。
「トーマよ、放て
トーマの頭部の二本の角のあいだに、真紅の光が集束し、いななくとともに、光がはじけ、ビームが発射された。
たちまち小屋が炎に包まれる。
百姓たちが群れ集まり、小屋から板をはがしたり、火がついた柱を抱えて、振り回しはじめた。
蜥蜴族たちは、途端に戦意がくじけたようになり、尻さがりに後退していく。
「よし!」
アスハは感嘆の声をあげる。
だが、慧煌獣トーマの動きがあきらかに鈍重になってきた。
轟火弾は、エネルギーの消耗が激しいため、一発撃つだけで、しばらくの間、機能が低下してしまう。これまでこの技を使わなかったのも、そのためであった。
だが、それをおぎなってあまりあるほど、百姓たちの戦意は凄まじく、後方の百姓たちと、アスハやヒヨリたちが戦闘している戦場が数分でつながった。
「この役立たずどもがっ!」
最後方で戦況を睥睨していた野武士の頭目が、大声で怒鳴った。
「もういい、俺がみずから叩き潰してやる」
頭目は、手にした野太刀を振り上げた。
「出てきやがれ、バクリュウ!」
その上空、数十メートルに、真っ黒な光が輝き、そのなかから巨大な影が出現し、轟音とともに地上に着地した。
その影は、赤黒い色をした、高さ十五メートルほどの――、
「あれは、恐竜!?」
サクミが驚愕の叫び声をあげた
五百メートル離れた位置からみても、その巨大さがわかる。
ティラノサウルスのような、肉食恐竜の形状をした慧煌獣が、頭目の後方にそびえ立つ。
そして、目から光を発すると、その光で包まれた頭目がうきあがり、恐竜ロボットの目の中に吸い込まれるようにして、消えていった。
慧煌獣バクリュウが力をためるような動作をしたと思うと、直後に頭部を前方に突きだし、戦場にいる全員の耳に突き刺さるような声で甲高く吠えた。
百姓たちは恐れおののき、騎馬隊の馬たちは恐怖で暴れだす。
そして、蜥蜴族の雰囲気ががらりと一変した。
その目が血走ったように赤く輝きはじめ、炎の攻撃に気おされていた彼らは、戦意を取り戻して、百姓たちへと跳びかかった。
もはや、弱点である炎も恐れない、殺戮マシーンのように変じ、爪をふるい、シッポを振りまわす。
「ぐへへへへ」
と頭目の、品性のかけらも感じさせない笑声が、バクリュウのスピーカーを通して、響きわたった。
「やればできるじゃねえか、お前らっ。そのまま薄汚れた百姓どもを、蹂躙しちまえ!」
巨体が動きはじめる。
戦場の真ん中に進撃する。
身体をまわし、そのシッポで辺り一面をなぎ払った。
バクリュウの全長は四十メートルにも達するだろう。その巨大なシッポで攻撃され、周囲はたちまち塵芥に変じた。
「なんだあれは!?」
アスハが悪態をついた。
「あんな巨大な慧煌獣、野武士ふぜいの擁するものではないぞっ」
バクリュウの威圧に、同じ慧煌獣であるはずのトーマすら戦慄している。
「姫、なにやってるんです。退却しますよ。ぐずぐずしない!」
ヒヨリの叱責に目くじらを立ててにらみつけるものの、さすがのお転婆姫も勇気を疎漏したか、歯がみをしつつ後退しはじめた。
百姓たちはいっせいに戦場に背を向け、真惺寺のある方へむけて、遁走している。
その背に、蜥蜴族が襲いかかる。
百姓たちは、無残にも、その毒牙に次々とかけられていったのだった。
サクミは、彼らを、なすすべもなく、ただ恐怖のなかで見つめているしかなかった。
彼女の耳に、女たち数人の悲鳴が聞こえてきた。
寺の境内のほうからである。
なにごとかと、サクミとジョウンは門内に走りこむ。
と、そこには、十数人の野武士が太刀を手にして、怪我人や女たちを襲っていた。
いつの間にか戦場から消えていた野武士たちは、大きく迂回でもして、百姓たちの最終拠点ともいえるこの寺を襲撃したのだった。
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