一ノ十四 戦線

 蜥蜴族の出現により、戦況がいっきに逆転した。

 蜥蜴族の身長は、百姓たちよりのひとまわりもふたまわりも大きく、その敏捷性は人間の比ではなかった。

 三十数人の蜥蜴族たちが、いっせいに百姓たちに襲いかかった。

 投げつけられる石つぶてなどものともせず、あるものは防御柵を飛び越え、あるものは柵を押し倒し、乗り越え、進撃する。

 それでも百姓たちは勇気をふりしぼるようにして勇戦した。

 だが、鍬や鋤などは簡単にはじき飛ばされてしまうし、鎌で斬りかかったところで、強靭な蜥蜴の皮膚には、薄皮一枚ほどの傷しかあたえられない。

 ひとりの蜥蜴族が、百姓の腕をつかんで持ち上げると、田んぼにむけて放り投げる。投げつけられた男は、そのままぐったりと動かなくなってしまった。その隣では、首をつかまれた百姓が、地面に叩きつけられていた。叩きつけられた百姓は、しばらく苦痛にたえるようにもがいていたが、やがて動きをとめた。

 首根っこを巨大な顎でかみつかれ、その状態で振り回され、投げ飛ばされるもの、剛腕でなぎ払われるもの、シッポで殴られるものもいた。

 戦場のあちこちで、そのような光景が繰り広げられた。

 みなが浮き足だつなか、ひとりの、会議の時意気の旺盛だった男――サルタが錆びた刀を手に、蜥蜴族にむかっていった。

 サルタの振り回す刀を、蜥蜴族のひとりがひょいとかわすと、サルタの側面に瞬時に移動し、両腕を二、三度振り回す。鋭利な刃物のような爪で切り裂かれ、サルタは、数メートル転がった。

「だめ、もうだめ、私、耐えられない……」

 サクミの横から聞こえた声に反応して、ふとみると、ヒヨリが手を握りしめ、身体を震わせ、つぶやいていた。

 恐怖で震えているのとは、あきらかに違う様子だった。

 彼女は、目を見ひらき、戦場を凝視し、歯をくいしばり、今にもそこへ駆けつけていきそうになる自分を、必死におさえつけているようにみえた。

 するとヒヨリは手を帯へ持っていき、サクミがあっ、と思う間とてなく、一気に着物を脱ぎさった。

 サクミは驚愕した。

 着物をひるがえすように脱いだヒヨリは、いつも着ていた着物の下に、裾が短く、臙脂えんじ色をした、みるからに動きやすそうな衣装を身につけていた。そして、手甲、脚絆を流れるような動作で身につけ、最後にくるりとマフラーのような黒くて長い襟巻を首に巻くと、後ろ腰から、小刀を取り出した。

 小刀を持ったその腕を前にのばし、目の高さですっと鞘から引きぬきつつ唱える。

「宝刀鳴神なるかみの所有者たるヒヨリの名をもって命ずる、いでよライマル!」

 ヒヨリのその呼びかけに応じるように、雷光が彼女の前数メートルの場所で炸裂した。

 反射的に目をつぶったサクミが、数秒後、おそるおそる目をあけると、そこには……、

「犬?」

 巨大な、二メートル半ほどもありそうな、黄色い犬のロボットが、身構えるようにして、うなりながら立っている。

「いくよ、ライマル!」

 ヒヨリが叫ぶと、ライマルが吠える。

 そして、彼女は、まるでライオンのようなロボット犬の背に飛び乗ると、戦場に向けて、まっしぐらに駆けて行った。

「ははは」

 とサクミの耳元で、ジョウンの引きつったような笑みが聞こえた。

「まさか、ヒヨリがしのびだったとはの。しかも、慧煌獣使いとは」

「しのび……、忍者?」

 サクミは唖然とするしかなかった。

 慧煌獣ライマルに騎乗したヒヨリが戦場に突入する。

 ライマルの突進で、数人の蜥蜴族が跳ね飛ばされた。

 さらに、ヒヨリとライマルは右に左にと駆け回りつつ、手に持つ小刀を振り、敵を斬り裂いていく。彼女は、慧煌獣の背から空へ飛び上がると、身体を上下に反転させつつ独楽のように回転し、小刀で蜥蜴族を斬り裂き、身をひるがえしてもといたライマルの背中へまたがる。

 彼女が奮戦している周囲で、勢いが盛り返しはじめた。

 戦意を取り戻した百姓たちは、武器を振り回し、それに気おされるようにして蜥蜴族たちがひるんだ。その間隙をぬって、怪我をした人たちが、中には数人で支えあいながら、寺へとむかって後退してくる。

 サクミとジョウン、それに寺に避難していた村の女性たちが、手当の準備にとりかかった。

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