一ノ十三 開戦

 つむじ風が吹く。

 砂塵が舞う。

 山に囲まれた約八百メートル四方の、田畑に家屋が点在しているだけの空間に、緊迫した空気が満ちていた。

 恐怖、闘志、不安、そして殺意。

 混沌とした人の意思の渦巻く坩堝るつぼを、サクミは高台にある真惺寺の山門を背にしてみつめていた。

 山門から二十メートルほど続く石段の、さらにその五、六百メートルむこうには、村人たちが、荷車や木材で即席に造りあげた防御柵バリケードを盾に待機している。

 村人たちは、すきくわかまなどの農具や、隠し持っていたなまくらの刀剣で武装し、西方からやってくる野武士の集団を待ち構えている。

 やがて、山中を通る杣道から野武士たちが姿をあらわした。

 周囲の空気が、肌に刺さるような鋭さをもって張りつめた。

 野武士はおそらく総出で、サクミが数えて(遠距離なので不確かだが)十八人の集団だった。

 予想よりも人数が多い。

 だが、百姓たちの戦意は軒昂で、自分たちの財産を略奪しようと迫る敵にたいし、けっしてひるんではいなかった。

 野武士たちは、柵の、十数メートルのところでたちどまった。

 彼らはみな、無精ひげをはやし、体格にすぐれ、筋骨たくましく、汗と油で汚れた体に殺意をみなぎらせている。

 それぞれが身体には具足を身につけているが、どれも盗品らしく、胴も、草摺りも、籠手や脛当ても、意匠がばらばらで、ちぐはぐな印象だった。

 なかから、おそらく頭目とおもわれる男が、進み出て、胴間声を張りあげた。

「お前たちの解答がこれかっ!」

 モクゾウが、柵の陰から言い返す。

「わしらの財産はわしらのものだ!」

 つづけて百姓たちが口々に、

「お前らにくれてやる余分なあわひとつぶだってありゃせんわっ」

「おめえらなんぞ、こわくもなんともないっ」

「みんな、かたっぱしから、やっつけてやるっ」

 震える声で叫んだ。

「はっははは!」

 頭目は身体をのけぞらせ、晴れわたる空に向って、大笑した。

「いい度胸だ。お前らみたいな馬鹿は大好きだ。のぞみどおり、叩き殺してやるわっ!」

 彼は熊のような腕で、身幅の広い刀を抜き、天空に向けてつきあげる。

「かかれっ!」

 刀を振り下ろすのを合図に、野武士たちが百姓に迫る。彼らは横に広がり、収穫も終わって土の固まりきった田に足をふみいれ、進撃する。

 が、そのうち数人が、ふいに姿を消した。泥穴に落ちたのだ。

 百姓たちは、乾いた田の数カ所だけ掘りかえして水を含ませ、泥沼のようにしておいたのだった。これは、下手な落とし穴よりもたちが悪く、泥のなかに腰までつかると、抜け出すのが困難で、しかも、抜け出そうともがけば、さらに泥がまとわりついて、身動きがとれなくなる。

 泥穴に野武士たちが落ちたのを機に、百姓たちが投石を開始した。

 柵を飛び越えて、数えきれないほどの石つぶてが、野武士たちを襲った。

 はやる若者は、柵を乗り越えて、泥沼にはまった野武士を殴りにいったが、無事だった他の野武士に追い払われ、なすところなく、もとの位置に帰着する。

 だが、そういう無事な野武士も、石つぶてのあまりの多さに、仲間を助け出そうにも助け出せない状況だった。

 しかし、頭目だけは、異常な落ち着きを持っていた。

 頭目が口に指をあて、高らかに口笛を吹いた。

 すると――。

 どこからともなく、奇妙な形状の人間があらわれた。

 手入れが行き届いていない草むらや、木の陰、森のなかから、ひとつ、ふたつと、次々にその奇妙な人間のような生き物がわいてでてくる。

 サクミは息をのんだ。

「あれは……、蜥蜴族か」隣でなりゆきを見守っていたジョウンが驚愕したように声をあげた。

「蜥蜴族?」

「そう、みたとおり、名前のとおりの、蜥蜴人間だ」

 サクミは、この世界にはそんな化け物のような生物まで存在したのか、となかば畏怖する思いで戦場を凝視した。

「ふだんは山奥のさらに奥、けっして人間の近づかないような場所に居住しているのだが、あんな者どもを従わせていたとは、予想外だったな」

 ジョウンの表情は、けわしい。

 気づけば、蜥蜴族の人数は、すでに三十人ほどまで増えていた。

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