一ノ十二 姫、出陣

「領民をみすてるとは、どういう了見かっ」

 アスハは、憤激のうちにあった。

 彼女が、数日前、その話を聞いたのは、ほんの偶然からだった。

 父に会うために御座の間を訪れた、その帰り。

 廊下を歩いていると、溜りの間から、数人の重臣たちの、こそこそと内緒話をするような、いやな気配のする会話が聞こえてきた。

 ――野武士どもが遠原のあたりに住みついているらしいですよ。

 ――いやはや、面倒なものですな。

 ――まあ、ほっておくのが一番でしょうな。

 ――周りに略奪するものがなくなれば、そのうち、いなくなるでしょう。

 ――百姓たちの何人かが犠牲になる程度なら、こちらの兵を失うより安上がりですからな。

 アスハは彼らの話を聞いていて、そのまま襖を蹴り破って、そこにいる者たちを斬りたおしてやりたい気持ちになった。

 だが、こぶしをにぎりしめてどうにか怒りをおさえ、床板をふみならすようにして、その場を立ち去ったのであった。

 その後、手の者を使って調べさせると、野武士たちの人数は十数人ていどで、この秋、収穫が終わったあとに米を略奪する計画であるという。

「百姓たちは、国の礎だ。国の根幹だ。それを見殺しにするなど、侍の名折れ以外のなにものでもなかろう」

 アスハの、若々しい潔癖さからくる怒りが、その身を焼き尽くすように燃えあがっていた。

 野武士たちはもとより、百姓たちをみすてて恥じない家臣たちにもその怒りはむけられていた。

「もうよい」

 アスハは決意した。

「年寄りどもが動かないというなら、私が野武士たちを殲滅してやろう」

 彼女の正義感は、暴走しつつあった。

 だが、怒りにみたされた頭のなかで、なにかが引っかかっているのに気がついた。

「遠原……。どこかで聞いた気がするな」


 アスハは、ともかく人数を集めることが先決だと考えた。

 自分の計画に賛同してくれる者たちをさがさなくてはならない。

 そこで彼女は、国が運営する侍の子弟が通う学校、「静明館せいめいかん」で助勢をつのることにした。

 この学問所には彼女自身も通っている。

 数日かけて声をかけてまわり、七人の生徒たちが参集した。

 どの男子たちも、この機会に名を売っておこうという欲心があるのが透けてみえていたが、槍や弓の達者もいて、戦闘ともなれば、充分たよりになる者たちだった。


 そして、十数日がたち、ほぼ米の収穫も終わったであろうころ、偵察の者から煌獣鳥をつかって情報がもたらされた。

 野武士たちが動きだしたという。

 そくざに仲間たちに召集をかける。

 城下はずれにある、馬場に集まった面々は、一様に若々しい顔を上気させていた。

 全員、言ってみれば、

「初陣」

 であった。

 弓、槍など、自らの得意とする武器を持ち、軽装備であるものの、胸当て、籠手、脛当てを身につけ、彼らの意気は衝天の勢いであった。

 慧煌獣トーマにまたがり、その宝具たる薙刀なぎなたともえ」を小脇にかかえ、仲間たちにむけ、アスハが声をかける。

「みな、死をも恐れずよく集まってくれた。みなの領民に対する厚情に、姫は胸をうたれた思いだ。これより戦うのは、いくさなれした野武士たちだ。だが、臆するな。戦おう。強靭な意志があれば、野武士の十人や二十人ていど、容易に殲滅できよう。諸君の力闘に期待する!」

 馬にまたがる七人の勇士たちは、同時にうなずいた。

「ゆくぞ」

 アスハはトーマの馬首を、南西へ向かう街道へとむけた。

 道を二、三町ほど進んだころだった。

 ふいに、アスハに馬を寄せてくる若侍がひとり。

「シオン……」

 アスハはつぶやき、眉をしかめた。大将軍の嗣子が、馬をならべて並走している。

「貴公は、不参加だと記憶しているが?」

 彼女の誹謗めいた言辞にも、その若侍は悠揚と、

「それは、つれないお言葉」

 と端麗な顔に笑みを浮かべて返す。

「野盗退治など、わが大将軍家の仕事でしょう。わざわざ姫が御みずからご出陣なさるほどのことは、ありますまい」

 アスハは、同じ歳のいとこにむけ、冷笑を持って答えた。

「その大将軍が足軽すら派遣するつもりがないのなら、われがみずから陣頭にたつよりしかたあるまい」

 シオンは、苦笑した。自家の怠惰を笑ったのであろう。

「貴公は、なんだ。我らに助勢するつもりか。冷やかしにきたのか」

「いえ、おとめしようかと」

「私が翻意するとでも?」

「姫の強いご意思をまげるなど、おそれおおい」

「私が強情だと聞こえるが」

「まさか」

 説得は無理だとさとったか、シオンは馬の速度を落とし、

「では、お気をつけて」

 悄然と道の脇へと馬を寄せた。

 ――気障りな男だ。

 アスハは彼を一瞥もせずトーマの歩速をあげ、遠原までの道を急ぐ。

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