一ノ十一 野武士

 村人たちは、みな一様に、目を血走らせて、怒気と苦痛を相貌にみなぎらせているようだった。

 なかには、このひと月で知り合いになった村人も何人かおり、彼らの形相は、ふだんみなれた人の好い百姓のものとはまるっきり違っていて、ある種の恐怖をサクミに感じさせるほどであった。

「おらたち、決めたよ、決めただよ、和尚」

 寺の近くに住む、モクゾウ、という六十歳ほどの老人が、気色ばんで言う。

「うん、話し合いはもうずいぶん重ねたようだな。して、どのように決心したな」

「戦う」

 とモクゾウが言うと、村人たちは、いっせいにこくりこくりとうなずいた。

「相手は、たかだか十人ちょっとだ。この辺だけじゃねえ、東戸あずまど金森かねもりの連中も助勢してくれると言っていた。男衆をみんなあつめれば、百人くらいにはなるだ。充分戦える」

「そうは言うがな」とジョウンは頭をつるりとなでた。「相手はいくさ玄人くろうとと言っていいような連中だぞ。ほんとうにやれるのかね」

「やれる」一番年が若そうな、と言っても三十歳くらいの百姓男が勇ましく言う。「野盗だの、野武士だのと言ったって、こっちの数のほうがおおいんだ。きっと勝てるってもんだ」

「いささか、楽観がすぎやせんかのう」

 みなの話は続いた。

 サクミは村人たちの様子に気おされるように聞いていたが、彼らのかかえた問題とは、こうであった。

 この村、――遠原とおはら村の山むこうに、いつのころからか、野武士の集団が住みついていた。彼らは、ときどき近隣の村にあらわれては、食料や食い物などを奪っていく。それだけでも村人たちにとっては苦痛のたねであったが、野武士たちの行動はエスカレートしていき、ついには、

「こんど収穫したら米を根こそぎよこせ」

 と要求してきた。

 ただでさえ、年貢を上納するだけでもぎりぎりの生活なのに、さらに、残りの自分たちの糧まで奪いさられては、もう、

「一家で首をくくるしかねえ」

 という話になる。

 そこで、野武士たちの要求どおりに米をわたすか、それとも反抗するか、村人は合議のすえ、

「みんなで戦う」

 と決議するにいたった。

 サクミとしては、彼らの勇敢さには敬服するが、

 ――はたして勝てるだろうか。

 という不安のなかで、みなの話を聞いていた。

 野武士は、収穫が終わればすぐにやってくる。

 それまでに、助っ人を七人ばかり集めろ、という話ではないが、ジョウンは応急手当ていどではあったが治癒魔導術が使えるので、けが人が出た場合の手当や、女子供の退避場所として寺を提供してほしい、ということだった。

「あの」

 サクミは、会合が落ち着いてきたころを見はからって、聞いてみた。

「お役所に助けてくれるよう、要請はできないのでしょうか?」

 作務衣の、すり切れた膝頭にのせた手が、こきざみに震えているのが、自分でもわかる。自分は、やはり、この話に恐怖を感じているのだ、と。

 サクミの言葉を聞くと、みながいっせいに溜め息をついた。

「サクミちゃん」とモクゾウが溜め息まじりに言う。「もう役所には何度もお願いしてるんだよ」

「んだ」と若い百姓が続けて言った。「あいつらは、たよりになんねえ。自分たちでなんとかするしかねえんだ」

 ――なんということだ。

 サクミは絶望を感じた。

 侍とは支配するだけではなく、領民を守るために存在するんじゃないのか。支配階級とは、そういう義務があるからこそ、特権的に富を得ているのではないのか。

「彼らは」とジョウンがサクミの心情を察したように話す。「侍たちは搾取しかしない。百姓は守る対象ではなく、あくまで、自分たちの食糧を生産する道具でしかないんだ」

 サクミは怒りを感じはじめた。城で見た侍たちに、王に、アスハ姫の高慢な態度に。領民の納める税が侍たちの収入である。領民を守護せず、苦衷にある彼らをみすて、反感を買って離反をまねき、生産人口が減ってしまえば、侍は己の首を己で絞めているようなものではないか。侍たちの行為は、自分たちの寄って立つ大地を、自分たちの足で踏みにじっているのと同様だ。やがてその大地はくさり、崩れ落ちることになるだろう。

「弱者を救済する倫理は、彼らにはないんだよ」

 ジョウンの言葉のうちにあるのは、諦観であろうか、達観であろうか。

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