一ノ八 僧侶ジョウン

 なんど目を覚ましても、いつまでも夢のなかにいるような気分のまま、いくどめかの朝をむかえる。

 朝起きて、逍遥にでかけ、屋敷に帰って寝て、また起きて――。

 サクミは、いつまで続くかもわからないルーチンワークを、ただひたすらに続けていた。

 意味がない行為だということは、充分わかっていたが、それでも屋敷にこもっていては気が滅入ってしまう。だが、もとの世界へと帰る方法にばったり出会えるのではないか、などというらちもない、可能性の低い希望も心の片隅にあったこともたしかであった。

 王様からの呼び出しはもうなく、あの一件で、サクミは無能者だと烙印をおされ、切り捨てられたようだった。

 町を歩きながら、毎日お供のヒヨリと会話をし、この世界のことも、じょじょにわかりかけてきた。

 やはり、ここは日本ではなく、

晶月しょうげつ

 という島国だった。

 晶月は、かつてはひとつの国であったのが、いまは戦国時代で、いくつもの勢力に分裂している。

 そのなかにおいて、サクミのいる那の国は比較的小国であり、隣国の漸のような大国に、つねに圧迫されつづけているのだった。

 あいまいなものではあったが、地図もみせてもらった。

 晶月の一番大きな島は三日月のような形をしていて(この島を本州と呼ぶのだが、偶然だろうか?)、とがった両端は北をむき、北には大きな四角い島があり、南と南西にも大きめの島がある。ほか、細かい島々も点在していた。

 本州のほぼ中央に、帝の支配する地域「」があって、那はその東、歩いて十数日ほどの場所にあるのだそうだ。


「やあ、異世のひと」

 城下はずれの、田畑がみわたせる高台にある柳の木のしたで、ふいに、気安く声をかけられた。

 サクミが声の主をみやると、頭を丸め、黒い着物をきた男の、

「お坊さん……」

 が立っていた。

「坊主をみるのははじめてじゃなかろう?仏教は、あちらの世界から入ってきた宗教だからね」

 としのころは四十二、三。日に焼けて背が高く、角ばった顎をして、大きな口に人なつっこい笑みを浮かべて、僧侶は話す。

「俺の名前はジョウン。ここから三里ほど行ったところにある貧乏寺の住職さ」

 サクミは、すこしいぶかし気に、相手をみやった。セーラー服を着た少女に、物珍しそうに、しかし、なにか魂胆ありげに話しかけてくる、うさんくさい気配の人間には、もうすでに何人も遭遇していた。

「そう警戒しなさんな」

 僧侶は、すこしいたずらっぽく笑って言った。

「俺も異世人の血筋なんだ、と言ったら、疑いをといてくれるかな」

 サクミは、どきっとした。

 ――いた、自分以外にも異世人が……。

 だがしかし、この僧侶は、異世人の血筋、と言った。

「爺さんの代からこちらの住人なんだ」

「お、おじいさん?」

「そう、俺の爺さんは百年ほど前にこちらに迷いこんじまってな、まあ、たいした能力はなかったが、臨済宗の坊主だったもんでな、それを生業なりわいにしてこっちに居ついた、というわけだ」

 もっとも仏教自体はずっと以前からこっちに伝来していたんだが、と剃りあげた頭をなでながら、よどみなく話す。

「あたらしい異世人がきたと聞いて、どんな人かと色々想像していたんだがね」

 ジョウンという僧侶は、無遠慮にサクミの顔をのぞきこんで、話をつづけた。

「まさか、こんな女の子だったとはね、いやはや、なんともはや」

 サクミは、まったく返す言葉も思いつかなかった。喜んでいいのか、それともやはり、警戒をもって対処すべきなのか。

「まあ、隠しておくことでもないんで、白状しちまうがね、実は、国王からじきじきに頼まれたんだ。新しく呼び寄せた異世人が不憫でならん、話あいてになってやってくれ、いろいろ教導もしてやってくれ、おなじ異世人なら、彼女も心やすく接することができよう、ってな」

 言って、ジョウンは太い眉をよせて、少し渋い顔をした。

「勝手に呼び寄せといて、不憫も気の毒もないもんだ。なあ」

 サクミの目に、涙があふれてきた。

 このジョウンという僧侶は信じてもいい、という気がした。

 そう思うと、今まで、いつ破裂してもおかしくない風船のように、ぱんぱんに張りつめていた心のからがふいに溶け、人心地がついたとでも言うのか、とにかく肩の力が抜けていくような安堵感につつまれるのだった。

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