一ノ五 謁見

 サクミは、七五三か成人式か、というほどの華やかな着物を幾重にも着こまされ、大きくて重量感バツグンの帯を締められ、結び目の重さのせいで後ろにのけぞるようにして屋敷の玄関まで出て、そこに待機していた駕籠に着ぶくれした身体を強引に押し込められると、いくつもの門を通り抜け、城の本丸にある御殿に連れてこられた。

 玄関をあがって廊下をいくつも曲がり、人ひとりを背負っているほどの重さの着物を裾を引きずりながら歩き、はてしなく進んでいくと、やっと終着地である、目見えの間へと到着した。

 はあはあと息をはずませながら、サクミは広間へと入る。

 そこには、正面の檀上に昨日櫓でみた老年の男性、おそらく国主であろう人物が鎮座していて、部屋の左右には十人ほどの重臣とおぼしき人々が並んでいた。

 そして、居並ぶ家臣の一番上座には、ロボット馬に乗っていた少女も、男性様の羽織袴を着て控えていた。

 サクミは部屋を進む。

 作法などの知識はまったくないので、ともかく、時代劇でみたとおりをまねて、家臣たちの並ぶ列の最後方の、部屋の真ん中あたりにすわり、丁寧にお辞儀をした。

「顔をあげられよ、騎煌戦士殿」

 檀上の国主が声をかけた。

 顔をあげよ、と言われたからといって、本当に顔をあげてはいけない、たぶん。

 そこで、サクミはちょっとだけ頭をおこし、目線は畳のうえにおいておいた。

「ははは、そうかしこまらずともよい。異世人がわれらの作法を知っているとは、思っておらん。気を楽にされよ」

 国主の言葉にうながされるように、サクミは背を立てた。

 続けて国主が、

「ちこう」

 という。

 これも、まに受けてはいけない。サクミは、ほんのひと膝ぶん身体をまえに動かした。

 国主は、じれったそうに、手をふって、

「もっとちこう、ちこう」

 と言う。

 たまりかねたか、一番下座にいた家臣が、声をひそめて、

「騎煌戦士どの、ずずっと進まれよ。一番上座の家臣のあたりまで進んでよろしゅうござる」

 と教示してくれた。

 サクミは腰を浮かせると、かがみ腰の状態で前に進み、家臣にいわれた辺りの場所で、ふたたび膝をついて、頭をさげた。

「うむうむ、若いのに、なかなか礼儀をわきまえた御仁じゃ」

 国主がにこやかに、お愛想ていどのお世辞を言った。

 昨夜は気がつかなかったが、国主は髪も髭も真っ白で、細面の端正な顔に人のよさそうな笑みを浮かべて、サクミを見下ろしている。

 その顔は、昨日サクミを見て落胆していた顔とはまるで違っていて、思わず気をゆるして心安くお喋りをしたくなるほどの、やさしく人情味にあふれた雰囲気の容貌だった。

「わしは那国王リュウドウ・イルマと申す」

とすこし胸をはって威厳をみせつけるようにして、国王は言った。

 ちなみに、サクミはあとで知ったのだが、国王というのはいわば自称で、朝廷より任命された「国司」であるのが本当なのだが、朝廷の権力が衰えて群雄が割拠する戦国時代において、地方の国司、豪族たちが勝手に「王」という称号を僭称せんしょうしているのだそうだ。

「こちらに控えておるのは……」

 と国王リュウドウはロボット馬の少女を指さすと、少女が受けて答える。

「私はアスハと申します。どうぞ、お見知りおきを、騎煌戦士殿」

 高慢さを平然と言葉にのせて言った。

 サクミはそれに、目礼で答えた。

「昨日はすまなんだのう」国王がしんそこ申し訳なさそうに話しはじめた。「わしのそっけない態度にさぞ不快な思いをされたことであろうが、まさか、救世者が女子おなごだとは思ってもみなんだでのう。しかし、ひと晩考えて考えをあらためたのじゃ。女子だろうと救世者は救世者。きっと我らのおよびもつかぬ力を秘めておるのだろう、とな」

 この老人国王は、サクミを完全に救世者だと思い込んでいるようだった。自分にはそんな力はありはしないのに、救世者でもなんとか戦士でもありはしないのに、とサクミは心に思うのだが、そんなサクミの困惑をよそに、国王は話を続けた。

「して」と再びリュウドウがたずねる。「救世者どののご尊名をうかがっておらなんだな」

「はい」

 とサクミは静かに返答をする。

「サクミ・サイゴウと申します」

「歳は?」

「十六でございます」

「ほほう、アスハのひとつ下かの」

「は」

リュウドウはこくりとうなずき、

「さて、前置きはこれくらいにして、救世主殿、さっそく本題にはいろう」

と、なにか重要な案件でも話すように、声のトーンを落として言う。

「わが那の国はいま、未曽有の国難にみまわれておる」

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