第19話 ラウンド3「拠点を多く取れ」中

 最初の拠点から右に進んだところにあった鉱山エリアであるが、さっそく交戦が始まっていた。木造の作業員宿舎の裏に潜みながら、ニナがブルゴと連絡を取って交戦しているチームの詳細を伝える。


「こっちが目視できるのは軍服二人と、迷彩服を着たのが一人トロッコを盾にして守っているのが見えるよ」

『ほかに交戦しているのはいないんですね。現在いまレーダーで確認できるチームは二組なので間違いないです』


 『司令官』役の人間は、目視とレーダーの二つで索敵ができる。目視はチーム全体を見渡すことができる一方でチームがいる位置以外ところは霧で隠されて見えないようになっている。それをカバーする形でレーダーがあるのだが、こちらは三十秒に一度にしか表示されず発見できるのは複数人固まっているチームのみ。

 どちらも一長一短があるものの、うまく使いこなせば効率的に拠点の制圧や回避をすることができる。


「で、どうするの。あと一人が倒れるまで待っとく?」


 ニナがどちらのチームを倒すべきか聞かれると、リーザは一人の方と答えた。

 現状トロッコに隠れている一人を無視して、軍服のチームの方を狙ってしまえば生き残った片方が誰かに狙われていると勘付いてしまう。そこに劣勢だった迷彩の男が反撃に出る恐れもある。

 となれば、先に迷彩の男を倒した方がよいだろう。そこに軍服チームが撃ったように見せかければリーザたちの存在も隠すことができる。


「じゃあミーシャリさん、お願いしますね」

「はいよ。静かに殺すのが狙撃手の強みだからね」


 ここは任せろと自信満々に、一人単独でミーシャリが宿舎の中に入っていく。このエリアは鉱山と名がついているが、トンネルの穴が開けられた小さな山の傍に木造の宿舎とトロッコが置いてあるぐらいだ。障害となるものもなく、狙撃もしやすいが。ミーシャリのことが懸念であった。

 あいつのバックにいる奴が何をするかわからない以上。フレンドリーファイアもできないし、ニナがいる手前今裏切るようなことはないだろうけど。と警戒は緩めずニナの傍に寄り添う形で息をひそめる。


「ミーシャリさん狙撃手だけあって度胸あるよね。あんな自然に任せろなんてすぐに言えるなんてね」


 言われてみると確かに度胸というより、肝が据わっている。自分からリーザにチームを組むように声をかけたり、リーザに正体が割れた時も自分を活かす利点をチラつかせて、こうしてチーム内にいる。

 精神力と肝っ玉の強さがあるから狙撃手は非常に適性がある。加えてスパイにも応用できる、所長という奴がミーシャリを選んだのも、不本意ながらうなづける。


「一発必中なんて器用な真似できないからこれM100みたいなサブマシンガンばっかり使っているんだよね。憧れはあるんだけど」

「ニナは突進気質だから、狙撃手の素質はゼロなのよ」

「ナチュラルにディスるのやめてほしいな」

「昔のニナの記憶を見たからね。あの頃からあんまり変わってないよ、戦闘スタイル」

「むむっ」


 ピクリとニナの眉が吊り上がって、「今は違うもん」と抗議を示す。


 突然宿舎の壁に弾が当たる音がした。跳弾かと初めは思ったが、二度目の銃撃が同じところに当たったことからリーザたちに向けて撃っていると気づいた。


「リゼさん、宿舎の中に!」


 一足先に退避していたニナがドアを開けて、リーザを呼び寄せる。

 間一髪振り切ったリーザは、真っ先に二階に上がりミーシャリを壁に押し付ける。


「なんかサイン送ったな!」

「違う。何もしてない」

「嘘つけ! じゃあなんで、あいつの接近に気づかなかった」

「狙撃に集中していたんだからそっちまで気が回らないの」


 信用できない。

 あと少しで手が届くかもしれないというのに。それをこんな、よくわからない人間なんかに潰されてたまるか。自分が本気で愛した人間の下に、百年待った思いをぶつけたいのに! こんな、こんな、奴に。

 ミーシャリを押さえつける力が強くなり、胸部の奥にある肋骨を圧迫していた。


「リゼさん何やってんの!」


 運よくニナが二人の間に割って入り、リーザを引き剥がした。


「こいつが、こいつが」

「ミーシャリが何をしたの。根拠があるの!」

『リーザ殿落ち着いて。ミーシャリ殿の言うとおり宿舎の中からでは死角になってました。それに自分がみていたレーダーにも映らなかったんです』


 索敵に使われるレーダーは、で固まっているチームにしか発見できない。つまり単独の場合はチームとして認識せずレーダーの外からステルス攻撃が可能になる。この場合、どちらかのチームの一人が別行動で動き、宿舎の裏にいるリーザたちに気づき撃ったというわけである。


 そうだ。そう考えればミーシャリが介入した状況でもない。それにやってしまったことに怒り心頭してどうするあたし。戦況は動く、次で挽回じゃない。

 二人の指摘に頭が冷えたことで、冷静さを取り戻すリーザ。


「らしくないよ」

「……はぁ。はぁ。そう……だったね。ごめん、優勝が近くなって神経がおかしくなていた。多分居場所が割れてしまっている、ここで立てこもろう」

「表の三人、いやトロッコにいたやつが消えたから二人か。ボクは引き続きここで宿舎に近寄ってくる奴を狙撃してみる」


 ミーシャリが窓の下に隠れるのを確認して、ニナと共に宿舎の警戒に入る。


 らしくない。そうだよな。あたしらしくないね。

 あたしのことを知っている人間がいただけで冷静さを欠くなんて。戦場で何事も動じずにいたあたしはどこにいったのよ。

 頭を振ってリーザは気合を入れる。


 ガチャリと下の階からドアが開く音がした。明らかに誰かが入ってきた音に違いない。いや、なんで音を立てる? あたしらが宿舎に入っていったのは状況からしてわかるはず。

 気づいていない馬鹿か、それともそれを承知で上がってくるのか。

 二人が体と床が一体化になるように伏せて、銃を階段に向けて合わせる。するとぎぃぎぃと階段を上がる音が聞こえる。音は一人分だけ。

 あまりにも奇妙だ。表の軍服の二人と別のチームなのか? それとも単独で挑めるほどの腕なのか? 一人で三人が籠っている屋内で仕留めようとする無謀な行動にリーザはやや混乱していた。


「何人いる?」


 小声でニナが質問すると、指を一つ立てて『一』とサインを送る。


 


 階段を上がってくる音が大きくなる。そして上がってきた奴の頭部が現れる。

 まだ、全体が見えるまで引きつける。


 そして敵プレイヤーが踊り場に足をかけた瞬間「てっ!!」リーザとニナの銃口が一斉に火を噴く。敵プレイヤーはまるで想定していなかったようで、反撃に出る間もなく全身を撃ち抜かれて終わった。


 ……なによ。とんだ間抜けだったじゃない。

 その場にへたりと沈み込むと、ゴーグルの中に『制圧完了』というメッセージが流れる。

 ここが拠点なのに誰もいなかった。いや、もしかしたらあたしたちが来る前にここを巡って争っていたのが両者共倒れしたのかも、ゲームだと血痕とか死体とかの忘れ物が消えちゃうから真実はわからないわね。


 ミーシャリがいる部屋に二人が戻ると、ミーシャリは窓に身を乗り出して周辺を見渡していたところだった。


『三人ともお疲れ様です。今レーダーで鉱山エリアに接近チームはなし。そして廃墟エリアにいた三チームのうち二チームが消失して、一チームが占拠しているようです』


 ここから廃墟エリアまではそこまで遠くはない。廃墟エリアを占領したチームはおそらく二チームも撃破して疲弊しているはず、休ませる暇を与えず進みたいところだ。

 だがこの『制圧戦』拠点を多く確保するルールの中で気を付けなければならないのは、確保した拠点を空けたままにして他のチームに制圧されることである。四人いるのなら二組に分けて防衛と制圧に進ませればいい。だが、リーゼたちは現在三人、単独ソロでの制圧は無謀と狙い撃ちされる危険性が高い。


「じゃあボクがここに残るよ」


 挙手したのはミーシャリだった。

 たしかに防衛側なら最低一人でも十分対応できる。しかも、拠点となる宿舎の防御性能と手持ちのAZ・01は遠距離射撃と静寂性の点でも優れているため防衛に向く。制圧する側としては、遠距離射撃による狙撃ができないのは痛いものの、すべての拠点を無人にするわけにもいかない。

 戦略的な目線でいえば、ミーシャリの判断は正しい。だが、リーザを追いかけるのが役目であったのに、それを放棄するのは不審である。


 ブルゴは『ではニナ殿とリーザ殿は廃墟エリアへ向かってください』と承諾し、ニナは先に宿舎を出ていく。


「なんで名乗り出た。あたしのデータが必要なんじゃないのか」

「データより、命優先よ。二度もゲーム以外で体を痛めつけられたら持たないの。それに労災だって下りないんだから」


 『労災』という言葉はよくわからないが、リーザとしては近くに後顧の憂いがなくなるのは幸いであった。


「いくよ。廃墟エリアへ」

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