第20話 ラウンド3「拠点を多く取れ」下

 二つの拠点を確保した後、リーザたちは最初に制圧する予定だった廃墟エリアに進んだ。先のなんちゃって鉱山と異なりこちらは土が掘り返され、二階より上の上層階が欠け落ちたビル。そして家があったと思わせる窓枠の口がぽっかり空いた石壁と廃墟にふさわしい雰囲気を出していた。


「いやに静かだな。ブルゴ、敵はここに一チーム隠れているんだよな」

『はい、みなさんが鉱山エリアを制圧した直後に二チームが消失しました。それから一分後に公式アナウンスで二チームが同時に脱落したとあったので、間違いないかと』


 二チームが同時に消滅となれば、生き残ったのは相当な手練れのチームが予想される。


「にしても、静かね。まだ試合も序盤だし、ほかの拠点を制圧しに行ったのかな」

「それだとブルゴの情報が違ってくる。おそらく拠点に残っているのが最低二人いるはず」


 レーダーが把握するのは複数人が固まっている場合、すなわち二人以上いることは確かだ。

 仮にニナの言うことが正しいのなら、リーザたちのように人数を分けたと考えるのが無難であろう。しかし足音すら聞こえない静寂さを保つ廃墟は、嵐の前の静けさのように思わせる。まずは拠点がどこにあるか探索を始めなければ。

 ポツンポツンと立ち並ぶ廃墟の壁に隠れながら進む。ジャリジャリと砂を踏みしめる音しか聞こえず、不気味な静けさが歩みを進めるのを惑わせる。


「これ本当に相手チームいるのかな。もしかしたら空っぽなのかも、二手に分かれて捜索してみる?」

「楽観的な考えは危険よ。常にいると考えなさい」


 先の鉱山エリアでもそうだったが、『司令官』が向こうに存在しているならレーダーにで自分たちがこのエリアに来ていること把握する。その場合チームは三人、単独制圧は不可能であるため、拠点に三人残っていることになる。なら空っぽであることを前提とした単独行動は、逆に殲滅される危険が伴う。

 ゆえに分散案を一蹴するリーザであったが、希望的観測を求めてしまう気持ちはわからなくもない。あまりにも静かすぎるのだから。


 進み続けていくと、一つ三階から上が焼け落ちた大きな廃墟ビルが見えた。ビルには『拠点ビル』とネームがつづられており、ここが拠点で間違いないだろう。拠点を見つけられて一安心と一瞬目を伏せた時、二階の窓枠に人の頭部が映った。


「ニナ伏せて」


 スコープを覗き込み、さっきの窓に合わせると人がいた。

 セミに切り替えて、気づかれないよう弾を一発だけ放つ。


 パンッ。


 乾いた音がフィールドに響くと、二階の窓から一人の男が倒れるのが見えた。


「や……やった。まず一人」

「よし、このまま制圧して三つ目を」


 一人倒したことで戦意が高揚する二人。その瞬間、一斉にコンクリートの壁に銃弾が叩きつけられた。

 右に五発、そして先ほどリーザが撃った窓枠にも弾が撃ち込まれた。撃った方角からさっき倒したのも含めて、三人がいたという計算になる。


「この弾の速度、窓に撃っているのはマシンガンで。右はライフルかな。マシンガンが撃ち終わったらリロード時間の隙に進もう」

「接近するほかないってことね」


 壁の隙間から覗き見ると、拠点となる廃ビルにマシンガンを持った茶色い服を着た男が見えた。マシンガンは重量が重いため、すぐに移動はできない。


「ビルの中にマシンガンの奴がいる。先にそいつから叩こう」

「OK」


 廃ビルの中に突入する。

 廃ビルの中は、エントランスとなっていた。エントランスの奥にエレベーターと階段がある。エレベーターは動かないから階段を使うのが普通の考えであるが。中にいる敵もそれを予測するはず。


「ニナ、あたしはエレベーターのロープを伝って先に上の階に行く。三十秒待ってて。それ以上経ったら援護を頼む」

「うん。マシンガンの男は三階にいたからもしかしたら降りているかもしれないしね」


 幸いエレベーターのドアは手動で開けられるようになっており、重い鉄の扉をこじ開けて、エレベーターの中に入る。予想通り電気が来てないためボタンを押しても無反応だ。リーザはエレベーターの天井の蓋を開けて、エレベーターの籠に乗り、つないでいたロープをつかみ握力だけで上へと昇る。

 こんな時、愛用の紐があったら楽に登れたんだけど、規定で私物は持ち込む不可なんだよな。


 背負う銃は本物でないため負担にはならないが、鉄で編んだロープは手の肉が食い込む。一階から二階へと人力で登ると二階のエレベーターのドアが見えた。こちらも少し縁が出ているところに足をかけて、二階の扉を開ける。


 二階はオフィスだった設定らしく、左右と中央奥にオフィスデスクが並べられている。椅子がないのは爆風で吹き飛んだ設定にしているのだろう。もちろん電気はついておらず、視界はよくない。明かりが入っている窓側に行けば、マシではあるが敵に姿をさらす羽目になる。


 あまり窓に近づかず、右から見てみよう。

 L/Z30をセミオートに切り替えて、右の列に入る。


 ……なし。次は隣。

 ……なし。隣。

 ……なし。

 最後の列、ここしか隠れる場所はない。


 よし、これでニナを上に呼べる。と安心した瞬間、左肩に重たい衝撃が走る。

 ゴーグルの左上のゲージが六分の一ほど削られる。放たれた弾の数はおそらく一発、明らかにセミで撃ったアサルトライフルのものとは異なる。

  中央のオフィスデスクの斜めから見えた反射を見切っていなければ、大ダメージが入っていたところだ。反撃と中央のオフィスデスクに向けて引き金を引く。

 最初の二発がデスクに被弾すると、デスクの被弾箇所が黄色から赤に変色する。赤は貫通したという意味である。二発しか抵抗値がないならあっという間に撃ち抜かれている。


 しかし敵が倒れる様子はなかった。


「ヒューッ。あんな至近距離でよく避けられたね」


 口笛を吹いて、ゆらりとリーザを撃ってきた相手が顔を出す。

 カウボーイハットに茶色ベストというカウボーイ風の装いをした無精ひげの男だ。そして持っていた銃に、リーザは青ざめた。


 リボルバー!


 確かに銃は銃だけど。実質ハンドガンで戦っているようなものじゃない。けど、逆にハンドガン一つでラウンド3まで勝ち上がっているということは、それ相応の実力があるってこと。

 それだけじゃない。ハンドガンで二階のビルからさっきあたしたちが隠れていた壁からは弾が届かない。だとすれば。


「ということは……四人も拠点にいるってこと!?」

「大正解だ。もう三つも取っちまったからな。あとは状況を見て、守れば勝ちだったけどな。あんたのおかげでちょっと本気出さないといけなくなったぜ」


 まずい、上の階にいるマシンガンの使い手と合流されてしまえば数的に不利になる。しかも遮蔽物もマシンガンなら無意味。それにもうすぐニナがやってくる。

 想定と異なり焦りの色が見えるリーザに、カウボーイの男はホルスターに手を伸ばす。


「ん? おう、ジョーだ。オーダー? あ? わかった迎撃してくれ。おうおう。あんたがうちの仲間狙撃してくれたおかげで、ほかのチームがこの廃ビルに攻め込んでくるのを発見できたぜ」

「じゃああんたもそっちいきな。二チーム相手に迎え撃つのはやばいでしょ」

「ああ、今向かわせた二人な。そしてオレッチはあんたも、下にいるお仲間と合わせてでも相手する。光栄に思うんだな」


 このスカシ野郎!

 あまりにも舐められた態度に静かにキレるリーザは、やってみろとカウボーイの男ことジョーに三発づつ撃ちだす。ジョーは右に、体をいなして机の天板の下に身を隠す。

 リボルバーガンは弾数や射程が短いものの、ライフルやサブマシンガンよりもはるかに身軽に動け、一発のダメージが大きい。しかもこと室内においては取り回しが一番効く。

 一般的にライフルなどの長物で挑むGWGにおいて、室内で戦う場面などこのラウンド3ぐらいでしか使うことはない。ジョーはその優位を確保するためにこの拠点の三階に厄介なマシンガン役を配置し、途中階に自らが関門として潜んでいたのだ。


 もう三発撃ちだすと、カチリと引き金が軽い感触になった。


「しまった。リロード!?」


 次を装填しようと腰のホルスターに手を伸ばそうとした、がGWGこのゲームでは意味がないことを思い出した。リロード完了まで十秒。今度はこっちが追われる番になった。


「だめだよぉお嬢ちゃん、無駄弾は。確実に仕留めないとね」


 パンッパンッと脇腹と肩に痺れが走る。弾がかすめた程度で済んだが、ダメージは確実に蓄積している。相手もさっきの二発で撃ち終わったらしく、三発目が来ない。リロード完了まで残り六秒、それまで待てば。


「リボルバーはねえ、二丁持つことが許されているんだよ!」


 ジョーが左のホルスターからもう一丁リボルバーを取り出すと、机の下に逃げようとするリーザを照準に捕らえる。


「リゼさん!」


 最高のタイミングで階段から飛び出したニナが、フルオートのM100を噴き出す。M100が主人の期待に応えようとしているのか、廃薬莢口が激しく前後してジョーの足元を穴だらけにする。

 強襲で照準がずれたジョーは、焦りの色も浮かべず口笛を吹いた。


「ヒューッ。過激だねえちびっ子。でも弾筋が読みやすい」

「ゲッ。前回優勝チームのリーダー、『弾嵐だんらんのジョー』ここに籠っていたの」

「ああ、覚えてくれてたの。ありがとう、試合が終わったらサイン上げるから送り先の住所教えてね」

「そんな余裕あるの」

「あるね。ちびっ子は弾筋が読みやすい猪突猛進系。あんたは腕が立ちそうだが、経験が浅い。さっきマガジンが入ったホルスターを取ろうとしたな。元軍人がGWGで一番するミスだ」


 読まれている。

 飄々としながらも、的確に相手をリサーチして油断したところを撃ち抜く。前回優勝チームを率いたことは伊達ではないということだ。


「それにリーザコスでL/zy30の女には負けるわけにはいかないね」

「なんだと」

「にわかに負けちゃあ。名が廃るってことよ」


 リロードが終わった右手のリボルバーの撃鉄を起こして、二丁拳銃で二人にぶっ放す。

 左右に広がった二人をジョーは追いかけるように撃つことはせず、片手で撃ってリーザたちの体勢を崩すことに専念している。動きが素早い相手には確実に仕留める必要があるのだが、体勢を崩されてしまえば弾筋がぶれて外してしまう。


 このままじゃあ埒が明かない。フルオートで弾幕を作るしかない。


「ブルゴ、ニナに伝えて。端の列に移動したらフルオートで撃うように」

『了解』


 ジョーに聞こえないように小声で、ブルゴを中継して作戦を伝える。反対側に逃げたニナが目をぱちりとアイコンタクトを取った。作戦が伝わったようだ。

 リーザが左の端の列のデスクに回り込むと、フルオートに切り替えてタイミングが合うのを待つ。


 同じ方向から撃ったら、あいつはすり抜けるはず。どちらか一方逆方向から流さないと。リーザは銃口を右に向けて、撃つ方向を合図する。


 そして、ジョーが窓側の開けたところへと移動したタイミングで、銃弾の嵐が吹く。


「見えるね。クロスファイヤーで逃げ道をなくそうって魂胆だろ」


 っ!?

 ジョーは裁ち鋏のように迫ってくる前後の弾幕を、穴の中に潜り込むように床に滑り込んだ。


「おっとお返しだ」


 デスクの間に滑り込む間際、二丁のリボルバーが火を吹き。リーザとニナにヒットする。

 くそっ、なんて素早い。


「ちょっと! 顔に当てるなんてひどいじゃない。女の子の顔は金で買えないんだから!」

「ちびっ子はバーチャルだろ。現実に戻ったらなんともねーだろうが。それに女の顔に弾をぶっ放せるのもゲームの醍醐味よ」


 顔に当たったと言うが、正確には頬を少しかすめた程度であり、ジョーの言うように後も残らない傷でよかったと安心する。


 いや? ちょっと待てよ。リーザは仮説を立てた。

 あのジョーという男、もしかして避けるのに精一杯で狙いが定ってないのか。

 事実、ジョーと十分ほど交戦して被弾しているにもかかわらずリーザの体力は半分以上も残っており、撃たれた箇所も肩や腿と急所から外れてる。リーザたちの動きが読める割には致命傷を与えていない。

 つまり、ジョーの役割は本来は陽動。弾を躱し続ける間に仲間の救援を待つの戦法なのでは。ほかのチームが攻めて状況が不利なのに、それをあえてリーザたちに公言したのは、ジョーに攻撃を集中させて時間を稼がせるため?


「さてさて、さっきのフルオートでリロード時間が来ちまうぞ。こっちは右が二発、左に三発。それぞれ交互に撃てば」

「ノーコン自慢はやめといたら」

「なに?」

「さっきからぜんぜん当たってないじゃない。素人だからって手を抜いているの」

「ふふん。今までの攻撃が全部フェイクだってか?」

「リゼさん、ジョーはプロなんだよ。手を抜くはずないよ。もしほんとなら、きっと」

「なら本気でこいよ。プロなら、あたしもプロの兵として殺すのに手は抜かなかったんだ」


 ジョーはハットの鍔を銃口で持ち上げると、くるりとリボルバーを回転させて、ホルスターに戻した。


「O.K.ラストゲームだ」


 ジョーがホルスターに手を添える、いわば決闘スタイルで構える。


 これが最後の一撃になるね。ジョーが本気であたしたちを獲りにくる。残りの残弾はたぶん三発。無駄弾は絶対にできない。

 ニナも状況を理解し、M100をしっかり脇に挟んで弾ブレを起こさないように構える。

 ザリッと三人が床のタイルに溜まった砂をこする音しか聞こえなくなる。





 パンッ!!!!

 の弾が同時に放たれた。


 ジョーが放った二発の弾。一発はリーザに。しかしこれをリーザは躱した。

 二発目。これはニナの左ひじに直撃し、M100を支えていた腕が落ちてしまう。


 しかしニナもそれで終わるわけではなかった。M100の最後の一発がジョーの右のリボルバーに。それと同じくリーザの弾も追撃のように右のリボルバーに襲い掛かり、ジョーの手からリボルバーをはじき飛ばした。


 残った左のリボルバーから二発、ジョーに突っ込んでくるリーザに放つ。


 するとリーザは携帯していたL/Z30を横にして盾のように突き出し、弾を弾いた。


「終わり……だっ!」


 銃口の方をつかみ、ハンマーで殴るように左のリボルバーを叩き落とす。そのままジョーの上に飛び乗り、顔面に銃口を突き付ける。


「慣れねえ二丁リボルバーが仇になっちまったぜ」

「舐めたことをするんじゃないわよ。にわかだと思って油断したあんたの敗北。残念ながら本物だからあたし」


 眼前に銃口を突き付けられたジョーは、口が餌を求める魚のように震えた。


「ま、まさか。リ、リーザ。そんな――L/Z30リーザサーティーン!! しかも光学照準器搭載と言うことは、クルエスの戦役直前のモデルじゃねーの。そんなのどこにも売ってないのに。そうだよ、L/zyなのになんですぐリロードするんのかと思ったら三十発マガジンに換えてるのか。

 ああっ、よく見ればあんたのそのメイク、クルエス戦役前の集合写真で、見切れて写っていたリーザのメイクか。いや恐れ入ったよ、暗くて銃もあんたの顔もさっぱり見えなくて。クソーなんでL/zy30と見間違えたんだ俺。君、いったいその銃どこで手に入れたのそれ。まさか、まさか自作銃じゃあないだろうね」

「これはバルド店長の自作で、貸してくれたの」

「バルドの! マジかよあの店長最近機嫌がいいとか、嫌がらせにリーザコスの店員雇ったとかネットに書いてあったけど、逆だったとは。でも今の戦闘の上手さ、本物のリーザを思わせる。そしてそのメイクとキャラ、バルドが雇いたくなるのわかる気がするぜ。なあ、バルドの店にもう一丁L/Z30置いてるのか。ぜひとも欲しい!」


 さっきまでクールに振舞っていたのはキャラ付けだったのかと困惑するほど、マシンガンのようにジョーはL/Z30について尋ねてくる。ここでご所望の銃の引き金を引けば強制的に終わらせるのだが、畳みかけるように褒められるとさすがに躊躇してしまった。


「へえ、リーザはそんなにいいのか。全身に穴開けてぶち殺したい俺には、わからないなぁ」


 砂塵の中からゴロゴロと重たい車輪が回る音を鳴らして、銀色のサイボーグ装甲が顔を出した。その中心にはリーザスレイヤーが乗り込んで、黄ばんだ歯を露出させている。


「よう、前のラウンドで言った通りまた会ったな」

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