第23話 変わっていた恋人
会場から出た後、画面内にいたニナは顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。
「悔しい。悔しい悔しい!!」
「でも実質我々の優勝ですし、悔いは」
「大ありだよ! 実質じゃだめなの! 優勝。欲しかった。あれ倒した時点で私たちの勝ちだったのに」
リーザたちのチームは、最後に倒されたチームということもあり準優勝となった。おかげで優勝者より少ないものの賞金と『実質的な優勝者』としての温かいコメントが流れ、拍手喝采が送られた。
しかし本人、特に戦いの功労者であるニナはまったく慰めにならなかった。
「戦場に不意打ち、裏切りはご法度じゃない。戦争ではね、敵を倒して、自分たちが生き残ることが大事なの……でもゲームとしてはあいつらの負けよね」
リーザがざまあみろと言わんばかりに舌をちろりと出した。
表彰式の時、リーザたちの勝利を横取りする形で撃ってきたチームは、炎上した。
あの超火力と高機動のサイボーグ装甲を相手どったリーザスレイヤーを倒したのを、漁夫の利の形で倒したのもあった。そして何より大会中倒したプレイヤー数が八と、リーザたちが倒した十七と比べて明らかに実力差が違っていたのもあり、SNSでは『史上最高の試合をぶち壊したチーム』とか『極上のステーキに汚水をかけられた気分』などと揶揄された。
そんなことがあったので、リーザとしては少しは救われた形ではあった。
「しかしミーシャリ殿も一緒に打ち上げにくればよかったですのに。せっかくのGWG仲間なんですから」
「相手の都合もあるから仕方ないよ」
表彰式の後、ミーシャリは雲隠れしたかのようにリーザたちの前から消えてしまった。大方目的であるリーザの戦闘データが取れ、これ以上リーザに詮索されまいと逃げ出したのだろう。
リーザとしては、邪魔になりそうな
「それでリゼ殿はもらった賞金はどうするのですか。新しい銃を調達するのならぜひ」
「うーん。まぁまた今度お願いするね。次の大会の参加の検討を考えていたところで」
「おおっ、次も参加ですか。次からはマークがきつくなると思いますが、その時はぜひ自分もお手伝いします。人が足りなければネットで募集もかけますので」
「ああ、ありがとうね」
ブルゴが意気盛んに鼻息荒く興奮する中、リーザは空返事であった。
目の前で掴みかけた優勝を逃してしまい、大統領に会う目的が果たされなかった。次の大会まで三か月後、それまでの間大会前と同じよう腕を磨いてバイトすることができるかぼんやりとしか思い浮かべなかった。
この大会が始まる前までは、フェルに会えるためならと今までやったことのないGWGに挑戦し、優勝できる見込みがわからないまま突き進んだ。不安こそあれどしっかり筋書きも地に足もついていた。なのに、今はふわふわしている。
会場との連絡駅が目の前に見える。これでまた振り出しに戻るのかとぼんやりそう思っていた。
しかし、目の前に黒服の男がリーザの前に立ちふさがった。
「失礼ですが、先ほどオールマイティー大会に参加いたしましたリゼ様でいらっしゃいますね。私、GWG運営委員のものでして、今回ラウンド3においてサイボーグ装甲とリアル側で対戦された方全員に身体検査をするのをアナウンスしていたのですが。該当者であるリゼ様のお姿がなく探しておりました」
「あたし?」
「はい。特にリゼ様におかれましては、あのような危険な動きで撃破したことから委員会としてもプレイヤーの身体に異常がないか心配をおかけしまして」
「あー確かに、あいつリゼさんを目の敵にしていたからねぇ。リゼさんも無茶苦茶やってたし」
「どうぞお受けになってください。リアルで再開したときに何かしら異常があったら自分としても嫌ですし」
体に痛みも違和感もなかったものの、明日二人に会うときに心配させたくないと考え身体検査を受けることを承諾した。
「大丈夫だと思うけど、ついていくわ。」
「じゃあまた明日ねリゼさん」
***
「ではここでお待ちください」
運営委員の人に案内されてたリーザは部屋の中を見回した。
「ここが、身体検査の待機室……にしては豪華じゃない」
案内された部屋は、フカフカの高級そうなソファーが置かれ、テーブルには果物が盛り付けられている。ソファーの隣に備え付けられた冷蔵庫の中を開けてみると、酒類にジュースが。上の冷凍室にはアイスまでもが入っていた。おまけに市井では一本だけでも高いランチほどの値段であるはずのタバコが、箱ごと。ご丁寧にも灰皿とライターもが置かれていた。
明らかにVIPが使うであろう施設で、一ゲームプレイヤーの身体検査のためだけに使うような場所ではない。
考えるまでもないわよね。こんなことするの。
リーザは用意されたものに手を付けず、ソファーにもたれかかり、再び待つことにした。
そして数十分が経ったとき、扉が開かれ。初老のスーツを着た男が一人入ってきた。
「リーザ・ブリュンヒルド様ですね」
男は、大会の開催式の画面越しで見たシュティッヒ大統領だった。
入ってきた時の言い方からして、相手に配慮するために誠意をもって接する態度ではない。自分より格上の、畏敬する存在に向き合った時の声色だ。
「大統領ともあろう人が、過去の人間に様付けなんてね。あたしはそこまで英雄なのかしら」
「左様です。リーザ様はこの国の英雄でございます。よもや、大会の決勝ラウンドでお目にしたときは、まさかと思いましたが。あの大胆な戦い、父上からお聞きした通りで。よくぞご無事で、冷凍睡眠からお目覚めになったのですね」
その言葉にカチンときた。
「よくまあぬけぬけと。百年間待たされて、右も左もわからないまま平和な世の中で飢え死にするところだったのよ」
「誠に申し訳ございません。捜索は続けていたのでしたが、成果がなく」
「成果? あたしをトロフィーや聖遺物みたいなものだと思って探してたの。救国の英雄に失礼だと思うのなら、頼みごとの一つで聞いたらどうなの、大統領様」
「……何なりとお申し付けくださいませ。リーザ様の生活に不自由しないように手配をいたします」
「遺言とか残してなかったのね。いいから、あんたの父上のところに案内しろ。今すぐ」
怒りに任せ、ジャケットをつかみ上げてシュティッヒ大統領を壁際に追いやる。すると扉から黒服のボディーガード三人が入ってきてリーザを取り押さえようとその手を捕まえようとする。
「待て。何もするな」
「しかし」
「私の責任だ。リーザ様の百年溜められた怒りは、私たちで対処しなければ」
ボディーガードたちを制止させた後、シュティッヒ大統領は乱れたジャケットを正すと、リーザに向き直る。
「わかりました。どうぞご案内いたします」
***
建物の裏口から黒の大統領専用車に乗り込んだリーザたち。高速道路に乗り込んだ後、ビルの間を通り抜けていった。蘇ってからこの町以外のこの国の姿を見たことはなかったが、どこもかしこも百年前にはなかった高層ビルやネオンに看板が立ち並んで、過去の戦争の傷など最初からなかったかのように繁栄しているのが手に取るようにわかる。
その繁栄の光がもの悲しくなり、カーテンを閉めた。
助手席にいた秘書のような人から飲み物や軽食を勧められたが、すべて断った。食欲も失せていた。たぶんあのまま帰っていたら、バルド店長やみんなと準優勝おめでとうパーティーでも開いて、近くのファーストフードのチキンとコーラを腹いっぱいに食べていただろうに。
車が止まった。
降りた目の前に見えたのは、白い箱のような無機物感のある建物。
百年後の墓? 未来の墓はこんな冷たい建物の中で眠っているの。国の大統領で、父親の墓としてこんなもの寂しいところでいいの。
シュティッヒ大統領の後についていくと、大統領は受付で「父上の部屋を。フルオープンで」と何か注文していた。
お供えものグレードかしら。
受付の女性は鍵だけ大統領に渡すとそれ以外には何も渡さずそのまま進んでいった。
フルオープンの意味は? と疑問に思ったリーザだったが、歩いて行くごとにこの建物の異様な雰囲気を感じ取った。建物の中なら管理する人もいるし、雨風もしのげと思ったけど墓所にしては無機質すぎる。床もきれいだけどチリ一つ落ちないように神経を尖らせたように綺麗にされすぎている。花瓶も花も墓所に必要なものも飾られてない。
大統領が扉の前に立ち止まり、鍵を回した。
「システム第一覚醒機能稼働」
『覚醒第一段階を開始します』
部屋が自動で明るくなると、部屋の中心から白い柱のようなものが地面から生えだした。白い柱の真ん中の外壁が左右に開くと、中には人間の脳みそが現れた。
「な、なにあれ……」
「父上です」
「父上って、フェル!? 嘘でしょ。まさか未来だからって、脳みそだけで生きているってこと!?」
「左様でございます。公式では父上は死亡されておりますが、この国立先端技術センターの培養タンクの中で生きております」
衝撃的すぎるかつての恋人の姿に、力が抜けてその場にへたり込んだ。VRゲームにサイボーグ、未来の空想が現実で使われていることには慣れたはずだが、恋人までもが、未来の技術で変わり果てた姿となって生きているなど信じられなかった。
「あんた息子なのに、こんな姿で生きさせてるの!」
「父は肉体を捨ててでも、生きることをお選びになりました。リーザ様がお戻りになるその日まで、貞操を貫き」
「貞操って、まさか……」
「私めは養子にございます。顔は父上の後継として似せるよう整形しました」
養子……。
へたり込んでその場を動けなかったリーザ。『覚醒第一段階完了。覚醒第二段階フルオープンへ進めます』と機械音が鳴ると、柱から声がした。
『ビル。どうした』
「まだ視覚は覚醒しておりませんが、お声だけは聞こえます。どうぞ」
機械で合成されているが、聞き覚えのあるフェルの声色だった。
ゆっくりと立ち上がって、柱の中にいるフェルの脳に語り掛けた。
「フェル。生きているのよね。あたし、リーザだよ」
『……お帰りリーザ。すまない、こんな姿で会うなんて』
「いいの。あなたの息子があなたの顔そっくりにしてくれたおかげで、ここまで来れたの」
『顔はそのままでよいとしたのだが、周りの政治家連中が俺の息子だと正当化させるために、俺に似せて整形するのを強制したからな』
「大変だったのね」
「百年待たせた君よりも、大変なことはなかった。クルエス戦役以来の声だ。音が籠って聞き取り辛いな」
「間もなく覚醒第二段階に入ります。視界も聴覚も外にいるのと変わらないようになります」
触れることはできない、人の体でもなくなった。けどフェルはここにいる。生きて話ができる。それまで溜まっていた怒りがすべて霧散し、リーザは最後にフェルと会った時のことを話し始めた。
「あたしが眠りに入った後のことも覚えている」
『覚えているさ。終戦になった後、銃を片手に叫びながら一人で君が眠っている地下を探した。でも地下に君はいなかった。グラドニア軍が持ち去ったのかと捜索したが、あいつらは何も知らないと一点張りで。いったいどこに行ってたんだ』
「わからない。自然に目覚めて、気づいたら地下にいたの」
『目覚めた原因も気になるが。リーザと会えてよかった。君の住民票はビルが作ってくれる。ひもじい思いをしなくても』
「ありがとう、でも優しい人たちが助けてくれたの。フェルが復興と作り上げた国の国民が、楽しいことやおいしいものを与えてくれてしんどくなかった」
『……そうか。私は、大統領でよかった』
『第二覚醒段階稼働完了』のアナウンスが鳴ると、柱が青白く発光する。
「父上の視覚と聴覚が覚醒します。どうぞ離れてください。それで全体がお見えになります」
ついに、フェルが自分の姿を見てくれる。胸の高鳴りが最高潮になり始め、リーザは胸の前で手を重ね合わせた。
『……君は、誰だ顔つきは非常に似ているが違う。君はリーザじゃない』
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