第11話 バルドの店の看板娘『リゼ』

 次回の開催まで一カ月を切ろうとしたとき、ブルゴからGWGのルール変更があったと連絡がきた。


「サイボーグ装甲?」

『次回の大会のシニアカップから大会で使用可能らしいです。現在検証班たちが二十四時間体制でサイボーグ装甲の利点探しをしています』


 GWGの大会は複数の大会を二週間でまとめて開催される。この時期に新装備が追加されるのなら準備不足で軽く炎上するはずのだが、シニアカップは最初に開催されるプレイ時間が1000時間以上の経験者のみが参加できる大会。運営としてはシニアカップに行けるほどの『ゲーム廃人』ならばものの数時間で最適解や答えを見出せ、他の参加者に情報を伝播できると踏んで追加したのだろうというのだ。


「サイボーグってステラリア所長が研究しているやつのことでしょ?」

『サイボーグと言いましても種類がありまして、所長が取り入れているのは肉体サイボーグという完全に肉体と入れ替えるもの。今回のサイボーグ装甲は、宇宙空間や医療現場など機械の正確性と人の柔軟で繊細な動作のいいとこどりを目的とした健常者でも装着できる半AI動作の義手みたいなものなんです。実際に使用している現場も増えてはいるのですが……』

「ですがなんだ、そういうもったいぶるのあたし苦手なんだよね」

『これは失礼。結論を申し上げますと、サイボーグ装甲は激しい動きが苦手なんです。人の体とAIの動作をシンクロさせるためには安定した空間でないと、タイムラグが生じるんです。GWGは常に移動が必要なスポーツですし、直感に頼るところもあるので。自分の考えだとサイボーグ装甲で挑むプレイヤーはほとんどいないと思います。

 身体障碍者がサイボーグ装甲を身につけて参戦はありえますが、それならバーチャルで参加すれば同じ体験ができますし。なにより高価なサイボーグ装甲を壊す危険を承知でわざわざGWGに乗り込むなど、割にあわないので、今回のは政府や研究所の力が働いているのではと噂が』


 研究所というとあの伯父が一枚噛んでるかもってことよね。自分が遊んでいるゲームに大嫌いな伯父の手が入ってるとなると、ニナにとって痛い話よね。


『ルールの変更はそれぐらいですね。リゼさん初のGWGの大会ですがいつもの練習と同じようにすればいいですよ』

「情報ありがとねブルゴ。本番あなたと組めたらいいわね」


 お礼を述べた後、リーザは電話を切った。

 スプリングがへこんだベッドに横になりながらこの間買ったスマホをしげしげと眺めていた。

 薄い板のようなものが電話にもテレビにもなるとはさすが未来ね。バルゴ店長の店で働くようになって、ニナたちと時間が合わなくなると思って百年後の電話ことスマホを購入するにいたった。

 通話のみの機能しかない電話が売ってなく、仕方なしにスマホにしたのだが、使い方はニナの家でGWGの大会の動画を見せてくれた時にだいたい操作は理解できたので、数日で使えるまでにはできた。


 電話をかけるときは忘れないようにメモを常に近くに貼り付けてかけていたのが、この板の中に全部。動画もメモも入る。ものすごく便利だ。が、種類が多すぎて未だにSNSとかも触られず、ほぼ電話とメッセージアプリとメモ帳しか使ってない。


 ベッドのそばの大きく口を開けたゴミ袋の中に昨日食べた弁当の空箱を投げ入れると、バルドの店へ降りていく。


 階段を降りて、従業員専用口から店に入る。通勤時間はわずか五分。雨風に濡れる心配もない。スタッフルームで店員である目印のエプロンを服の上から着て、店の中に入るとバルドが出迎えてくれた。


「ようリゼちゃん。さっそくだがお客さんのコーチング頼むぜ」


 バルゴに広告塔として雇われたリーザであるが、仕事内容は品物を店に出し入れしたり、発注をしたりとバルゴの仕事を半分手伝うようなものだ。

 ある程度筋力を使うのだが、リーザからすれば地味で退屈だ。ただ、これで給料がもらえるので文句を言わない。

 しかしその中で楽しみな時間がコーチングだ。これはGWGで新しく別の系統の銃を購入するときアドバイスをする仕事だ。それぞれの銃の特徴に、その人との相性やフィールドでの立ち回りなどを覚える必要のある大変なものだが、自分の体験を伝えれるのは楽しいことこの上なかった。


「おお、本当にリーザそっくりだ」

「どうも、よく言われるんだよねそれ。ちょっと顔が似ているのと銃に詳しいだけでリーザだリーザだって」

「いいねその態度。で相談というのは、今まで前衛としてやってきたんだが、趣向を変えて狙撃をやってみたいんだが、どの狙撃銃がいいのかアドバイスしてほしいんだ。できたらクラシックシリーズで」


 狙撃。これは今までの相談で一番多いものだ。通常狙撃はエリート中のエリートの腕利き兵がするもの、だがGWGでは大して経験もなくやってみたいプレイヤーが多く存在する。

 憧れや浪漫という面もあるが、リーザ自身GWGをやってみてわかったが、引き金を引くことへの重圧がない。狙撃は一発で敵の急所に当てなければ、自軍の狙いが敵にバレてしまい、自分の命どころか部隊全体の生死に関わってくる。しかしGWGではバレてもその試合にだけ。やり直しが何度でも効くのだ。

 ゲーム化によって死への責任がなくなることで、同じ銃を扱っても気軽に役割を変えると未来の人たちは当たり前のように考えているのだ。


「うーん。狙撃をどんな形でしたいの? 静粛性? それとも援護?」

「そりゃ、孤高な狙撃手を狙いたいから静粛性だな。スコープ越しに相手の頭部をセダーン! って」

「孤高って、狙撃手は観測手との連携が必須よ。スコープは細かい調整をするだけで、敵の位置を把握するには、最前線にいる人と連絡して援護するのが狙撃手よ。自分の目だけを盲目に信じると撃ち漏らして、負けることになるんだから」


 狙撃は正確な位置の把握を求める。スコープで狙いを定めても、風の影響などもあるし、何よりその居場所を探さないと撃つことすらままならない。その現実を教えるリーザであったが、お客は理想が打ち砕かれたかのようにしゅんと肩を縮こまってしまった。

 言い過ぎたかと、リーザは軽く咳払いをして銃の話に移る。


「でも、静粛性重視でセダーンしたいのよね。ならボルトアクション式のGA1820かな。一発づつしか込められないからGWGだと一々リロード時間がかかるけど、威力は十分。音も静かだから」

「へぇ、リーザなのにGAを薦めるんだ」

「もちろんよ。敵の武器も利用するだけ使っていたんだから。それにGAは王立を名乗るだけあって、信頼性と耐久性は群を抜いてる。設計思想は保守的すぎて新しい機能がないのが欠点だけど」

「昔のグラドニアアームズそんな評価されてたのか。今グラドニアアームズといったら、銃の修理屋ぐらいで全然そんなイメージなくてな」

「修理だけ? 製造はしていないの」

「ああ、何十年か前に生産部門は閉鎖したはずだ」


 それを聞いて、改めて時代の流れの残酷さを味わった。建国時からグラドニア王国の武器を生産し続けていた由緒ある工廠が今や修理だけしか扱ってないなんて。確かにモダンシリーズのカタログにGAの名前がないから、社名変更か未だ頑なに古い銃を製造しているのかと思っていたのに。

 百年後も同じことをしている企業はないという現実。しかしかつて敵対していた国の工廠の衰退ぶりにリーザは改めて時代の流れの虚しさに、胸がぽっかりと空いた気分になり指を口につける。


「はいよ」


 バルドがリーザの指の間に差し込んでくれたのは禁煙パイポだった。それを口にくわえると、何か口のあたりに欠けていたものがピッタリはまったような感覚に陥った。


「お姉ちゃん大丈夫か?」

「あ、ああ。ごめんなさい。ほかに質問とかある?」

「いや、いやもう十分。店長、GAの1820を一丁頼む」


 お客はリーザが提案したものをそのまま買うと、「狙撃の練習をしないとな」とウキウキしながら重たい扉を押して店を後にした。

 お客が帰ると、バルドにもらった禁煙パイポを洗い、店長に返した。


「店長、これありがとう。なんか悩んでいると手が自然に動くの」

「元喫煙者あるあるだよ。二十年前ぐらいはタバコは一カートン買っても財布に痛まなかったが、今じゃ一カートンよりも高くなってなぁ。禁煙しようにも禁断症状が出ちまってよ。汗なんかドバドバ出るわ、臭いだけでもと鼻の下にタバコを押し付けたりしたもんよ。けどその若さで咥える癖ぐらいしか起きないなんて、羨ましいぜ」


 戦時中のリーザは不安なことがあれば毎日タバコを吸っていた。雨の時も敵陣地の中にいるときも、タバコを飲んでさえいれば落ち着いていた記憶がある。しかし現代に蘇ってから、咥える動作やタバコを口にすれば落ち着くと思っても、猛烈に欲しい中毒症状が襲ってこない。冷凍睡眠のおかげでニコチン中毒が抜けてしまったのか。 

 もしくは必要がないほど、平和な生活を享受できている裏返しなのかもしれない。


 ギィとまた店のドアが開くと、ニナが染めた金髪の髪をなびかせて来店してきた。


「リゼさん、お疲れ」

「ニナちゃん、今日は何を買うんだ。おっと俺の自慢の改良銃は非売品だからな」

「残念でした。今日はリゼさんに用があるの。時間いける?」

「うん。さっき客一人相手した後で、しばらく人来ないから」


 コーチングの依頼は一日一人程度しか来ない。後は雑用ばかりで残りは暇なのだ。


「なんか板についてきた感じじゃん」

「これでもなかなか評判いいらしいんだよね。バルド店長が時々作ってくれるご飯もおいしいし。給料は……もうちょっとほしいかな」

「ふ~ん、じゃあやっぱ賞金ほしいんだ」


 ニナの眉が不機嫌そうにピクリと上がった。

 何か気に障るようなこと言ったかとリーザは自分の発言を振り返るが、賞金のことは最初に話しているし、GWGの練習は欠かさずこなしている。こういう何気ない会話の中に、含みのあることを察するのはリーザが苦手としていた。


「何? 言いたいことがあるなら言ってちょうだい」

「リゼさん、GWGの大会に出るのやめてほしい」

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