第12話 ここはゲームであって、戦場ではない

 突然ニナから告げられたことに、リーザは戸惑いを隠せずにいた。


「な、なんだよ突然辞退しろって。あたしのことを応援していたんじゃ」


 するとニナがスマホの画面をリーザの前に突き出した。画面の中に映し出されていたのはこの前リーザが初めてGWGをプレイしたあの時の映像だった。そこにはリーザが、相手プレイヤーであるリーザスレイヤーの四肢を至近距離で撃ちぬく場面が映し出されており、それにコメントがついていた。


『えぐっ』

『やりすぎだろ』

『また元軍人が調子乗ってイジメかよ』


 見知らぬ人たちのコメントは、明らかにリーザのプレイに対して非難していた。SNSというものをしていなかったリーザは、自分のしていたことが非難されるようなものだと知りもしなかったのだ。


「リゼさん叩かれているんだよ。リーザスレイヤーの悪評が立っているから目立たないけど。本番でも同じことしたら、今度はリゼさんがリーザスレイヤーになるんだよ。出身の軍の評判だって落ちるし、GWGの居場所だって」

「あいつらにはならないよ。変な挑発してこない限りはしないし。それにあたしはその……軍から嫌われていて、元から評判だって最悪なの」


 その心配とは反対に、リーザはまったく醜聞を気にするそぶりを見せなかった。

 だってこの世には存在しないし、経歴だって今の国軍に在籍した記録もないから「そんな人間存在しない」と否定すればいいだけ。

 それに自分がGWGをする目的は大統領に会って、元彼のあいつの墓をぶちのめすため。懸念していた生活費もバルドの店で働いているおかげで現代の生活に適応できそうだし、足りないこともあるが生きてはいける。もはや賞金はついでみたいなものだ。

 それにリーザスレイヤーだけでない、自分はもう戦時中からずっと今に至るまで嫌われているのだ。


「そんなんで納得できると思ってるの!」


 バンッとニナが今までになく声を荒げて、机を思いっきり叩いた。

 二人の間に張り付いた緊張感が流れる。が、その間にバルド店長が割って入る。


「悪いけど、喧嘩なら外でやってくれ。うちは銃についての論争はOKだが、仲間内でのことはNGなんだ」

「……今日の午後空いてる。最初の練習でしたゲームセンターに来て」


***


 バルド店長の厚意で午後のバイトを切り上げて、ニナと共にゲームセンターに向かう。ニナが受付を済ませると。


「今日はこっち」


 フィールドには向かわず、反対側のヴァーチャル側専用通路へと向かっていった。

 ニナの後ろについていき、部屋の中に入っていくと、部屋の中心にまるでリーザが入っていた冷凍睡眠装置のような大きな機械が鎮座していた。


「このでかい機体は」

「アーケード用GWGVRの筐体。店からヴァーチャルに入るには、ここから入るの」

「あたしはリアルで挑むんだけど」

「いいから。入って」


 ニナに言われるがまま、中に入ると透明のふたが自動的に閉まった。

 リアル側とバーチャル側では体を動かす感覚が異なり、ブルゴのように二刀流はいない。動きが慣れないリスクと中途半端にヴァーチャル側の動作を覚えて体にズレが生じると思い避けてきたため、今回が初体験である。


 バーチャルの中に入って最初に来たのは硝煙と鉄が焦げる咽た空気が漂う。目を開ければ、焼けただれたビルが立ち並ぶ戦場、だが銃声の音が少なく空襲警報も鳴っていない。おそらくそのために作られたフィールド。

 左上に表示されている人数は六人。だがすでに四人倒されている。つまり残っているのは自分ともう一人。…………え? なんでこんないきなりピンチ?

 状況がつかめないまま、赤いヘルメットを被った敵を視認すると、自分の意思に反して体が動く。トリガーを引いたまま弾を避け続けるものの、相手の弾がかすってわずかにダメージが入ってくる。これは無謀だ。リーザは足を止めようとするが動かず、敵と至近距離の位置まで踏み込んでしまった。

 しかもお互い弾切れを起こしており、リロードしなければ決定打には至らない。すると自分の体が勝手に動き、敵を押し倒すと銃床をハンマーのように打ち付けた。


「死ね、死ね、死ね」

「や、やめ。もうギブだから」


 敵が降伏を求めるが、リーザの体は止まらない。自分も経験がないことはないが、銃床で相手の顔を殴ることはある。だが体と頭の動きが異なるからかリーザは冷静で、相手の損傷状態がすでに気絶してもいいぐらいにと叩きつけられており、過剰であった。


「おいやめろ。やめろって!」


 周りの敵も異変に気付いたようで、リーザを引き剥がそうと腕をつかむ。しかしそれすらも振りほどいて、また続けて銃床で顔面の正面に振り下ろそうとした。その時体が浮んだ。誰かがリーザの体を羽交い絞めして、持ち上げたのだ。


「やめてくださいさん!」


 …………ニナ?

 突然のブルゴの声で制止されると、空間が溶けて消え去りゲームが終了した。

 リーザの理解が進まない中起き上がると、ニナがスマホの画面を突き付けた。そこには先ほど自分が体験した映像が映っていたが、そこにリーザの姿はなく金髪に染まってないニナがいた。


「それは昔の私。ヴァーチャル側にはね、人の動き簡単に習得できるメモリーチップがあるの」


 メモリーチップ。VRの機械に差し込むことで、上手い人の操作や感覚の記憶を装着者の脳内に流し込んで、動きを習得する小型疑似記憶電子媒体である。プロの動きだけでなく、過去に他人が記憶したものを記録したメモリーチップも存在するが、公式には発売されてなく、個人制作に留められている。


「ブルゴ殿に誘われて初めてGWGをプレイして初対戦でいきなり大負けしそうになった。あの時の私大学受験後だったから、勝たなきゃ意味がないどんなことをしてでも勝ちたいって焦ったの。結果は勝ったけど、あとでSNSでボコボコにされて炎上。アウトスレスレのマナー違反だって。後で自分の試合を見たらとんでもないことをしていたとやっと気づいた」

「ニナの失敗を、あたしが同じ轍を踏むと」

「大会は練習の時とは比べ物にならないぐらい、全国民に見られるの。そこで拷問まがいのことをしたら、リゼさん表を歩けなくなるかもしれない」

「それだったら、回りくどいやりかたしなくても」

だから。事の深刻さを見せたの」


 友達。そんなこと今まで考えなかった。

 リーザの人生、冷凍睡眠に入る前まで人はいつか唐突に死ぬもの、戦時中に友達など作れば失った時の喪失感に襲われる。その隙を突かれて死ねば何にもならない、ゆえに恋人も友人も存在しなかった。

 それを友達。それも、自分の隠したい過去を見せてまで、止めたい意志を伝えたことに心を乱された。あたしはそこまでの存在なのかと。


「それに、にそんなことになってほしくない」


 リーザと一瞬戸惑ったが、それはファンである英雄リーザのことであると理解した。ただでさえ自分が本物であるためか、ややこしくなってしまう。


「リーザは嫌われ者だぞ」

「知ってる。ファンだもの、モンテとしては英雄、グラドニアとしては永遠の敵。でも戦場では誰からも頼られる勇敢で頼りになる伝説の傭兵。そういう人が遊びで叩かれるなんて、やだもん。リゼさんの実力ならいけるところまでいけると思う。でも私と同じようなことをしてほしくない。GWGは結局息抜きのためにするものであって、それで生活する人ならともかく、ストレス発散であるなら本気でやったらダメ。意志をコントロールしなさいってブルゴ殿に怒られたの。リゼさんはその覚悟で賞金がほしいの」


 友人・憧れの対象、打算と諦観で生きていた百年前の自分にはまったく不釣り合いの、それも年下の少女にお願いされてしまっては引っ込みがつかなくなってしまった。


「わかったよ約束する。過剰な抵抗や拷問みたいなことはしない。これはゲーム遊び。遊びで死ぬほど嫌な思いをさせないようにするよ」

「はい、約束完了」


 コツンと拳を突き合わせて、お互い約束を交わす。

 まったく、平和な現代とは難儀なものだ。要らないと思っていたものが、大事なものになるだなんてね。でも、冷凍睡眠から目覚めた甲斐はあったかも。


 筐体から起き上がると、ニナの記憶が入ったメモリーチップを手にする。長方形の細長いチップは小指の腹の上に乗るほど小さく、これで人間の記憶が収まるとは現代は驚きの連続である。


「しかしこんな便利なもんあるんだったら、学校の勉強とかいらなくなるな」

「それは無理。これって感覚を追体験するだけで、本当に自分の力にするには相応の努力をしないとできないよ。あいつ伯父もそのことを論文に書いてて、理論上記憶の習得はそれでできなくはないけど、二十四時間ずっとメモリーチップを導入しないと定着しないの。高校のころクラスの奴が春休みを使って教科書を丸暗記しようと一週間ずっとVRをつけたまま記憶を定着させようとしたんだけど、途中で線を抜かれて中途半端なところしか覚えてないわ、言語不明瞭になるわと大変な目にあったよ」

「うっわ、怖。未来でも楽な方法はないんだな」

「その通り、じゃあ今日はとことん練習するよ。友達が大会で優勝する姿私みたいし」


 にまりとニナが笑って自前のM100を片手に持って、リーザとGWGの練習を夜通し続けた。


 こうして過去の戦争の経験と友人たちから学んだゲームの経験。両方を併せ持つ現代に蘇った伝説の傭兵リーザは『新人のリザ』として翌月の『第六十五回GWG』に参戦することになる。

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