第10話 みーつけた

 試合が終わった後、満身創痍の体でリーザスレイヤーの中で背が高い男はバイクを飛ばしていた。

 ハンドルをしっかり握ろうとすると腕が痙攣を起こして、手を引いてしまいそうだった。

 先ほどのGWGの試合で受けたダメージの電撃の後がまだ引いており、肩と胸のあたりが軽度の痙攣を起こしていた。先に解散したほかの三人も痺れは残っているが、リーダーであった男は、執拗にあのリーザコスの女に撃ち続けられたせいで、後遺症のように残っていた。明日は仕事、それも肉体労働であるのに、趣味のそれも目の敵にしているリーザコスプレイヤーに打ちのめされたなんて職場に有給申請できようもなかった。


『リーザスレイヤーさん。まだ痺れますか』

『カスリーザに負けるなんて』

『リーザアンチ乙乙 m9(^Д^)プギャー』

『『悲報』リーザスレイヤー。スレイされる『メシウマ』』


 バイクに取り付けたスマホのSNSに先ほどの試合を見ていた視聴者からのコメントが続々と流れてくる。コメントも視聴者数も普段の倍以上来ているのだが、まったく嬉しくなかった。

 視聴者が増えているのは、伝説的傭兵リーザのコスでGWGをするプレイヤーに悉くケンカを売りに行くスタイルであるリーザスレイヤーが、生配信でリーザコス相手に蹂躙されたとネットで拡散。噂を聞きつけたアンチリーザスレイヤーが、大挙して慰め生配信に突撃して、嘲笑しに来ているのだ。


『ねね。どんな気持ち?』

『お前が消えろ』

『インガオーホー』


 アンチどもから煽られるコメントにイラつきながらバイクの速度を上げる。以前ネットの掲示板で痺れや痙攣は時速80キロのバイクの風圧で治せるとのあったので、試しに高速道路でと試みていたが、撃たれた両肩付近の筋肉は相変わらずピクピクと痙攣している。


 クソッ、やっぱネットの民間療法はあてにならねえ。あのリーザコスの女のせいだ。


 リーザ・ブリュンヒルドは俺の一族の因縁の人間だという。俺の先祖は昔はグラドニア王国の高級軍人の家だったのだが、連邦形成の時に没落してしまったという。もし王国が続いていれば、働くこともなく親の金が使い放題だったと考えることが時々ある。

 そしてリーザコスの奴は俺個人として許せない。コスがしやすく、国の英雄だのでGWGもしないにわか糞アマが題材として使いやがる。サウナ後の水風呂のごとく厳しいGWGの環境をぬるま湯感覚で入りびたるなど、GWGプレイヤーたちの邪魔だ。

 だから俺はリーザ・ブリュンヒルドのアンチとして、リーザコスを浄化するのがリーザスレイヤーの務めだったのに。この屈辱。


 絶対に復讐してやる。


 怒りも痙攣も収まらないリーザスレイヤーはバイクを飛ばしてある場所へ向かう。


 高速を降りて、市外から伸びる一本の職員専用道路を通って着いたのは。リーザスレイヤーの本業はサイボーグ製品のテストプレイヤーである。数年前に研究所から長期雇用のサイボーグテストプレイヤー募集の記事があったので国が大々的に支援している研究所なら安全と安定が見込めると応募した。元スタントマンを経験していた職歴をとにかくアピールしたのが功を奏して、内定が決定したときには家族や親戚に自慢しまわったことが記憶に新しい。

 ただ、サイボーグのテストプレイヤーという語呂のいい肩書とは裏腹に、実際は重い人型の機械を自分の体に通じて動かしたり、所長の気まぐれから作った変なサイボーグの相手をさせられたりと給与と年間休日に見合わないほど過酷な労働をさせられていた。


 それでも何とか数年働き続けられたのは、給与と年間休日が百五十日と多いのもあるが、福利厚生として最先端の治療を平日休日問わず優先的に受けられることだ。


 所長の方針でテストプレイヤーに怪我などがあると、サイボーグの正しい数値が反映されないからと軽い擦り傷や痣を数日で治療できるマシンと医師が常時いる。所長は元は軍の衛生兵だったらしく、医療技術向上のために国に貢献し、その延長戦としてサイボーグ研究も始めたという。


 趣味のGWGをリアル側としてプレイしていると思わないところで転倒して怪我をすることもそうだが。リーザスレイヤーとして名前を売り、手当たり次第にリーザコスを叩きのめしているためか、反感と恨みを買われて、ゲーム中こっそりと負傷させられて、傷跡や痣を作ってしまうこともあるのだ。その度に会社の施設を使って、治療をしている。おかげで外傷に限っての医療費や病院代が不要になった。


 社員用カードを差し込み研究所に入ると、やはり休みのためか医務室がある地下への階段は非常灯の赤いランプがポツンとしかついていない。社員が何かの用事で来るだろうにもっと明かりをつけろと要望しているのだが、未だに改善はされない。

 地下一階に降りると、違和感に気づいた。誰もいないはずの会議室に白い明かりが入っていた。普段は奥の医務室に常勤の医師がいるぐらいなのにいったい誰が。リーザスレイヤーは会議室から見えない位置に頭を下げて、こっそりとドアノブを回しす。

 会議室の中には研究所の所長であるステラリアとリーザスレイヤーの担当の女性が会議室に備え付けられた大画面テレビを注視していた。見ていたのは先ほど自分がSNSで配信していたGWGの試合で、二人はそれを手元にあるパッドと交互に見比べながら話をしていた。

 見ているシーンはリーザスレイヤーが、草むらから飛び出してきた小さいM100使いの女に向かって狙撃をしたところだ。


「いい反応速度だ。姪も一般の大学生にしてはよく動いている」

「あの小さいアバターのですか。ヴァーチャル側は何百時間も練習していればあれぐらいの動きはできますよ。身体能力でならあの太った男の子の方が」

「さすがGWGのプレイヤー『ミーシャリ』だ。君の趣味を調べて正解だった。数字だけでなく経験者の意見を聞いてこそ正確な評価ができる」


 相変わらずデリカシーもプライバシーも関係な所長だ。自分の職員の趣味を詮索するだけでなく、プレイヤー名まで調べて連れてくるとは。マジであの所長頭いかれてる。しかもあの小さいM100使いが所長の姪だと。どうりで最後止めを刺すときフルオートで俺の脳天を貫きやがったわけだ。性格の悪いとこは似ているな。


 所長と担当の女性はそのまま動画を再生させて、リーザスレイヤーたちが奇襲を受けて全滅し、最後に自分が四肢を銃撃されて苦しめられるところで配信映像が終了した。


「彼女らしい拷問の仕方、まさに百年前と同じだ。さて今日の試合、アマチュアが手を抜いたとはいえ、腕は衰えてない。まだ完璧とは言えないが彼女の腕ならすぐに決勝にまでいくだろう」

「そんなすぐにいくのですか? GWGのプロは連覇を達成した優勝者はいないほど熾烈な競争ですよ」

「できるさ。私の憧れのあの人だよ。負ける姿想像できない」


 しげしげと見つめる所長の視線の先には、リーザスレイヤーを打ちのめしたリーザコスの女の姿があった。

 なんだ、うちの所長リーザコス好きなのか。そうと知っていれば、さっさと辞めていたのに。リーザコスアンチとしては、上司との趣味が合わないことは絶対認められなかった。しかも自分の、それも自社の社員が無様にやられる様子をなんとも思わないなんてと、怒りをにじませる。


「しかしよく彼女をGWGへ誘導できましたよね。一歩間違えば路頭に迷っていたかもしれないのに」

「最初彼女が姪と会ってくれなかったらと思うとゾッとするよ。もしも戦場の記憶が忘れられず、自暴自棄になって一人戦場を求めずに済んだよ。GWGへの誘導は、無一文の彼女に、私が賞金という言葉を仄めかした途端興味をしてしてくれたしね。あのまま姪の家に住まわせたかったのだけど、出て行ってしまったのがねぇ」

「デリカシーが欠落している所長のことだから毎日会ったら、迷惑ですよ姪っ子さん」

「でも私は会いたかったんだよ。百年ぶりにリーザ・ブリュンヒルドが蘇ったんだ。この日をどれだけ待っていたことか。若い君には理解できないだろうね」


 蘇った?

 リーザスレイヤーはその言葉に何か含みがあるのかと戸惑った。そんなことあり得るわけがとリーザスレイヤーは否定しようとするが、そう思わざる得ない答えを自ら体験してしまった。

 いつものリーザコスの人間は、マネがしやすいバーチャルでするのが大半。しかしあの女は動きやコスが乱れやすいリアル側で参戦し、射撃の腕は明らかに国軍のエリート部隊出身と同等のもの。そして敵兵に容赦しない残酷さ。

 まさか……俺が戦っていたのは、』!?


「しかし、リーザ・ブリュンヒルドの動きは国軍の兵だけでなくレンジャー部隊の参考にしたいですね」

「そうとも、しかし彼女にさせたいのは今のGWGでは足りない。GWGは未だに昔ながらの人の肉体同士での肉弾戦をしたお遊び。現代的な情報戦。そして将来予想されるサイボーグ化兵との戦いにどれくらい対応できるかのサンプルデータを取ってみたい」


 聞こえてくる所長の発言に、リーザスレイヤーは血の気が引くほどドン引きしていた。いやいやGWGはお遊びだろ、データとか勝手に取るのはまだしも、お前や軍のデータの都合で変えたら遊びとして成立しなくなるだろうが。


「所長さすがにサイボーグは使えないのでは。そもそもうちの研究所で製造されているものはみな医療や運動補助程度で実践レベルで使えるものは。それにGWGではサイボーグは試合に出られないはず」

「なに、完全なサイボーグでなくてもいい。それに素晴らしいチャンスだと思わないか。現代のサイボーグと現代によみがえった伝説の傭兵『黒豹』が相まみえるとどうなるか。そして人材、サイボーグの扱いに長け、今しがたリーザと対戦した人間が――ここに」


 ギギィと会議室の扉が開かれると、所長は口角を上げてニヤリとしながらリーザスレイヤーを見下ろしていた。所長のトレードマークであるサングラスが外れて、飛び出している眼球は、サーモグラフィが搭載された人工の目だった。

 最初から所長は丸見えだったのだ。


「みーつけた」


 リーザスレイヤーは完全に腰砕けになり、その場から動けなかった。

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