第9話 『黒豹』の反撃

 丘の付近からスクラップ置き場にまで大きく後退したリーザたち。マークスマンライフルのせいで射程距離による優勢が失われてしまい、またしても身を隠すほかなく

サビついたトタンの下に隠れることにした。


「ご、ごめん。焦って前に出て」

「謝らない。次にどうするか考えないと」


 せっかくの待ち伏せの機会を壊してしまったニナが謝罪したところで、戦況が変わることはない。仲間同士での分裂が一番敵にとって最高のチャンスだからだ。


「しかし今さら思ったけど、よくあたしニナを持ち抱えたまま逃げれたよね。普通人一人抱えながら逃げられないのに」

「リアル側の利点なんです。ヴァーチャルとリアル側双方には接触判定があるんですが、リアル側はバーチャルと接触して背負ったりできるんです。ヴァーチャルは我々リアルからすればVR映像なので、重量がない負担はないのですが、ヴァーチャル側は細かい動きはできないので連携するのは非常に難しいんです」


 体が小さく、ただ抱えて運んでいただけであったためリーザは知らないうちにバーチャルと連携をしていたというわけであったのだ。


 セダーンッ! とショットガン特有のけたたましい銃撃音がフィールドに轟く。リーザスレイヤーたちがそれぞれ一人が撃ってリロードする間に別の奴が撃ってを繰り返し、散弾を撃っている。自分たちの姿が見えてないのに射撃をするとは弾の無駄遣いでしかない。


 戦場を舐めているな。

 死ぬか生きるかの戦場で、武器を持った敵を舐めていたら反撃の機会を与える。

 かつてリーザが敵兵の前で銃を落としてしまい、危機に陥ったことがあった。敵がリーザが女であったことから抵抗はできないと思い込み、お楽しみの時間と暴行を加えよう服を脱ぎ始めた。その油断した瞬間を突いて服の裏側に残していた手りゅう弾を敵兵の真下に転がし、素肌をさらしていた敵兵は五体と男の象徴もろとも四散した。

 おかげでしばらく肉を食べられなかったことをしっかり覚えている。


 一撃で倒す可能性が低い散弾をマフラーを外したバイクのように自分の居場所を知らせる音を臆することなく鳴らし撃ち続けるなど、暴走族ではないか。


「調子乗っているな。けどさっき後退してきたとき、なんで撃ってこなかったんだ」

「たぶん草むらだと遮蔽数値で弾かれるから撃ってこなかったのかも」


 遮蔽数値とは銃弾の貫通を防せぐ抵抗力のことである。詳細な数値はマスクデータとして公式には発表されてはないもののSNSの解析班によってある程度判明されている。

 例えば、先の練習でリーザが隠れていたスクラップの車などは抵抗力は五。これは30口径の弾を同じ箇所に五発撃ち続ければ貫通できる。


 では先ほどリーザたちが隠れていた草むらの数値であるが、これは一から二である。数値の幅が広いのは植物の種類のほか、幹か葉っぱで抵抗力が異なるからである。この広い数値により貫通性が低い散弾では弾かれるかダメージが低くなってしまう。


 つまり現状射程が長いマークスマンライフルを躱すには、現実の戦場と同じく固い遮蔽物に隠れながら接近するほかないというわけである。しかし三方はショットガンの三人が守り接近できず、遠距離狙撃はマークスマンライフルが担っていると固い布陣で守られている。


 ふと、上を見上げると男二人がこちらを見ていた。敵と言うわけではない。ガラス越しに見ていることから、ゲームセンターに来ている客だ。リーザたちの試合を見に来ていたのだ。

 だが男二人だけではない。ぽつりぽつりとリーザたちがいるフィールドにほかの客たちが集まってきているのだ。手に持っている板を片手にリーザたちを指さしているが、客たちの声は妨害やヤジの防止のため双方聞こえないようになっている。


「なんか見物客増えてない?」

「もしかして、あいつら生配信しているの!?」

「生? 新鮮?」

「生中継です! ゴーグル内に自分のスマホと連携することで試合の様子を配信できるから、あいつら私らを見世物にしているの」


 未来の言葉に戸惑いながらも、ニナの言葉に理解ができた。


「やると思いました。リーザスレイヤーは有利となると生配信をするんですよ。自分たちがうまいと思わせるために」

「不利な時は?」

「途中で消します」


 とんだチキン野郎の集まりじゃないか。こうなればあいつらの顔に泥を塗りたいと思うリーザであるが、あのマークスマンライフルをさばかなければと顎に手を置く。すると、スクラップ置き場の隣にある樹木にピンッと何かが冴える。


「木の上の枝にも遮蔽数値はあるんだよね。一応葉っぱはあるんだし」

「うんあるはずだよ」


 「じゃあ」とリーザは自分の作戦を二人に伝える。ブルゴは「奇襲ですがやるだけやったほうがいいですね」と賛成したが、ニナは抵抗があるようで反対に回った。


「リザさん、そんな危ないことしていいの。GWG初体験なんだよ」

「リスクを取らないと、得るものはないよ」


***


「はーい、リーザとその一味の皆さん。隠れてないで投降しなさい」

「降伏したら寛大な処置を与えるよ。ってな」


 三下の輩が使うような下卑た言葉をまき散らしながら、リーザスレイヤーの二人がスクラップ置き場に接近してくる。最後方にいる背の高い男は照準器と一直線になれる位置にマークスマンライフルを構えながら警戒を続けている。

 その様子を、隠れながらリーザが注視していた。


 マークスマンライフルの射程はリーザたちが持っているものよりも、100も遠くに撃てる。が接近してしまえばその優位性は崩れて、打ち合い勝負になる。しかし打ち合いとなると、ショットガンの三人に連続で撃ち込まれる。

 狙うは奇襲。マークスマンライフルの有効性とショットガンの三人の均衡を崩せばリーザスレイヤーたちは瓦解できる。


 すると背の高い男が急に止まると、左側にいた男に向けて手を動かしていた。

 あれは、ハンドサイン。ただリーザの時代にはなかったもので判読できなかったが、スクラップ置き場に潜んでいるニナたちを見つけたのだろうか。

 そしてショットガンの三人の一人が離脱して、スクラップ置き場を迂回しようと木の前を通り過ぎようとした。


 好機!


 逃さず、リーザは膝をにかけて、鉄棒の『こうもり』の形になって枝からぶら下がり、リーザスレイヤーにあいさつした。


「あたしをお探し?」


 後ろを振り返るリーザスレイヤーは木の上に潜んでいたリーザに反応が遅れてショットガンに指をかけていなかった。それを逃さず、あいさつの後に鉛弾一発を口に目がけて投げつけた。


 赤いレーザーが口の中を通り過ぎてしまい、ゲームオーバーになった。これが実弾ならば、反対側まで突き抜けていたであろう。スクラップ置き場の前にいた残りの三人はまさか奇襲と一発で倒されたことに呆気に取られて動けなかった。その隙にリーザは腹に力を入れて、上体を起こす。

 本来銃を持ったまま上体起こしなど不可能に近いのだが、銃弾がないGWGの仕様おかげで重量が軽減できたのが幸いした。


「撃て!」


 ショットガンの散弾と近距離であるからかマークスマンライフルのフルオートの銃弾が一斉にリーザのいる木の上に向かって放たれる。遮蔽数値のおかげで直撃ダメージは防げているが、それでもライフルの弾は貫通しており、肩や腕にダメージを伝える電気ショックが流れる。

 しかし、本当の流血や銃撃を受けた痛みに比べたら我慢できる痛さだ。


 バンバンバンっとトタンの下に息をひそめていたブルゴがようやく立ち上がり、側面から射撃を加える。

 まだ弾を撃っていないショットガンのリーザスレイヤーがブルゴに向かって散弾を放つが、遮蔽数値が高いスクラップでは散弾は役に立たずバラバラとばら撒くだけに終わった。

 そしてブルゴの背中から小さな体が飛んで、空から弾を振りまく。


「さっきの借りを返してもらうよ!」


 ブルゴの背中を木に捕まる要領で捕まっていたニナが飛び出した。

 空中から高速で放たれるサブマシンガンの銃撃が、ショットガン持ちのリーザスレイヤーたちに赤い点のデコレーションをしていく。


「一人、二人」


 続々とサブマシンガンの赤い点が体中に撃ち込まれて、リーザスレイヤーたちがゲームオーバーになる。ニナが地上に降り立って撃ち終わると、残っていた背の高い男の姿が見えなくなっていた。


 リーザが探してみると、背の高い男は一人尻尾を巻いて逃亡しようとしていた。

 リーザは逃さず木から飛び降りて、男の左肩を撃ち抜く。

 弾は目標通り命中し、男の体が崩れるように倒れるとリーザは逃さず男の上にまたがり、両腕を足で押さえつけた。


「離せ!」


 背の高い男は叫ぶが、リーザは迷わず男の太股を撃ち抜いた。

 動脈に近いところを撃ち抜いたが、GWGのダメージ計算では致命傷に至らない。しかし銃口がつくかの至近距離で放ったため、男は唇を噛みしめて電気ショックの痛みをこらえていた。


「お仲間はみんな撃っちゃんだよね。だから残りはあんた一人だけ」

「わ、わかった。降参。降参だ。配信だけでも切らせてくれ」


 震える男を聞いて、リーザは迷わず肩を撃った。


「降参だって言ってるだろ!?」

「何言ってんの。最後まで抵抗していた兵士がおとなしく降伏なんてするわけないでしょ。それに、あんたの最後もちゃんとお届けしないと、見ている人たちに失礼でしょ」


 目と鼻の先まで顔を近づけて白い歯を見せびらかせるリーザに、男は震えあがる。

 リタイアのボタンを押そうにも両手はリーザによって押さえつけられて、届かない。そして左腕、左腿、右腿、右足。異なる部位を仁王立ちしながらリーザは次々と狂いなく連続で狙い撃ちしていく。各部位のダメージはいずれも致命傷ではなく、体力ゲージを減らす程度ではある。だが、電気ショックが絶えず自身の体に流れ続けられると、遊びの範疇から拷問に変わる。

 いっそのど元に打ち込んでしまえば楽ではあるが、楽しい練習を壊され。あげく散弾で散々痛めつけらたリーザの怒りである。もっとも本物の拷問よりかは安全で死ぬ恐れもないから拷問にすら満たないと思っている。


「あ゛あ゛。いだ。いだ」

「六、七、八、九、十」


 十秒数え終わると、今度は右手の平を撃つ。隠れていた時に計測したがゲージが回復する時間は十秒で数メモリだけ回復する。ダメージの計算方法は、自分の体から遠いところほど少なく、頭部や心臓に近くなるほどダメージ量が大きい。

 本物であれば、太股でも当たり所が悪ければ動脈が切れて失血死もあるし、手を撃ち抜かれても軽度のけがになるはずがない。しかしここはゲーム、血も出ないし、痛みもただの電気ショックだけ。おかげでこいつが簡単に死ななくて済むのはいい。

 もっと苦しめることができるのだから。


「さあて、次は何処がいい。安心して、急所には撃たないから」


 次はどこにへ撃てばゲームオーバーにならないか。この懐かしい高揚感、呼び起こされる過去の戦場での感じたものを思い出しながらライフルの銃口を顎に擦り付ける。


 バババッ!!

『Challenger Retire!! You Winners』


 突如聞こえてきた斉射のあとに試合終了のアナウンスが鳴った。見るとリーザスレイヤーの頭部が横からいくつもの赤い点がつけられていた。

 顔を上げると、顔中汗びっしょりになったニナがデコレーションをリーザの方を向いて構えていた。


「もう、おしまいだよリゼさん」

「……ああ、そうだね」


 リーザはトリガーから指を外して、GA-64を背に担いで入口にへと戻っていく。周りのギャラリーの聞こえないどよめきと拍手とニナのことなど気にも留めずに。

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