第4話 密かなファン

 リーザがいた時代は十階以上の建物といえばビルぐらいしかなく、住宅はたいてい平屋か四階程度のアパートしかなかった。案内されたニナの家はビルと思うほどの高さを誇っていて、たった数秒で十階に着く早いエレベーターまでも完備していた。

 部屋に上がるとこれまたリーザは驚嘆した。キッチンと奥の部屋がある1LDKの間取りであるが、この部屋だけでリーザの時代の平屋住宅よりも広さがある。おまけに壁紙も床もきれいにされている。


「伯父さんとここで暮らしているの」

「いや私は研究所の宿舎で暮らしている。伯父とはいえ年頃の娘が一緒なのは気まずいと思ってね。それに大学に入るときは一人暮らしをさせて、自立した生活を送れるようにしてほしくて」


 ニナに返したはずの問に、なぜかステラリアが先に答えた。先ほどからステラリアの態度に違和感を感じる。親でもないのに、まるで親か主人かのように物事を決めるような。

 リーザがそう思って少しもしないうちに、ステラリアが隣の部屋の扉を勝手に開けようとしていた。その寸前この家の住人ニナが扉の前に立ち塞がる。


「こっから先は乙女の空間。プライバシーの侵害で訴えるよ」

「来客用の布団がないか確認したくて、リゼさんの布団を出さないと」

「私が出しておくから」


 ニナがステラリアの体を押して、退けようとするがサイボーグであるからか全く動く下がる気配を感じない。ニナにとって見られなくないものが入っているのだろうか。


「あたし軍で鍛えられて座ったままでも眠れるから」

「命の恩人にそんなことは」

「あなたには言ってない。この部屋ニナが使っているんでしょ。荷物も服も布団もみんなニナのもの。あたしを泊まらせるのも、布団を出すのもニナが決めること。泊まらせてくれるのは嬉しいけど、家主の意志を大事にしないのなら野宿するから」

「いや、それは……その」


 リーザの反発にしどろもどろになるステラリア。そのタイミングでステラリアのポケットから音が鳴ると、慌ててポケットに入っていた携帯を手に取る。「はい、ああ。今から。しかし。姪は、特に何もなかったですが」と電話に向かって平身低頭で頭を下げて電話を切ると。


「研究所に大至急戻るように連絡がきた。ニナ、後はリゼさんに失礼がないように寝る場所を用意しておいてね」


 念押しをするようにニナに言いつけて出て行ったあと、ニナは力が抜けるように扉の前にへたり込んだ。


「はぁ。やっと帰ってくれた」

「あの人伯父なのにやたらとあんたに対して上からだね」

「うちの家を仕切っているのあいつだから。政府とものすごいコネ持っているから、うちの両親は頭が上がらないの。この部屋もあいつが勝手に用意したものだから自分の所有物みたいに思ってるのかもね」


 ステラリアの前では決して口にしなかった「あいつ」呼び。今の今まで当人の前では猫を被っていたようである。

 権力を持って、金を持っていて家の将来が安泰であっても家族の中がこんなんじゃざまあないね。政治に関わるとろくなことにならない典型ね。泊めてくれたことには感謝しつつも、ステラリアに悪態をつくリーザ。


 「布団は隣の部屋にあるから持ってくるね」とニナが塞いでいた扉のノブを回そうとする。だがドアは開かない。


「あれ? なんで開かないの」

「一緒に押すよ」


 ドアノブを回しながら、二人分の体重を乗せてせーのっ! 掛け声を合わせて一気に押す。ドスンッと音を立てて奥の部屋のドアが開いた。開いた衝撃で、ドアの隙間からはライフル銃の銃床がにょきと突き出していた。本物ではないが、どうも転がっていた銃がつっかえ棒のように挟まってて入れなくしていたようだ。


「うっわ、すごいねこれ」

「今日はたまたま急いでいたから、いつもはちゃんと整理整頓しているの」


 ベッドの上に服が散乱し、ありとあらゆる銃の箱が床に散乱している部屋を前にしてニナが言い訳がましく、頬を赤らめる。この部屋の惨状では布団を探すよりも整理をしなければと、リーザが先ずベッドの上に散乱している服を手に取る。

 タンクトップとショートパンツの動きやすいものから迷彩色の服。どれも普段着として着るものではないものばかり。そしてベッドの中に手を入れると、さらっとした糸の束のようなものをつかんだ。引っ張り上げてみると人の頭部――かと見間違った。ただの黒髪の長髪ウィッグだった。

 びっくりさせてとリーザはホッと一息入れるが、布団の下には今自分が着ている革紐が装備された戦闘服一式が横たわっていた。


「これって」

「あーあーっわわわ」


 慌てるニナが今さらという感じで服の上にのしかかって隠そうとした。


「なんで隠すの。あたしは気にしないよ。あちこちでリーザのコスをしている人ばっかりで見慣れているし」


 フォローを入れるが、ニナはぐずる子供のようにまったくその場から離れようとしない。


「…………にわかじゃないもん」

「ん? にわか?」

「リーザのファンなの私。でもリーザコスって、女性で黒髪と黒目と硝煙メイクだけで済ませられるから手軽にコスできてにわかでもコスできるから、飽和状態を起こしているの。そのせいでリーザコスアンチや先の大戦で犠牲になった子孫に反感買われるのが起きているし。せっかく買ったのはいいけど、いざ着ると叩かれそうなのが怖くて。それに、うちの家リーザに助けられた恩があるから、あいつ伯父もリーザファンなの。たぶんリゼを入れさせたのもそのせいかも」

「……リーザは救国の英雄として崇められているから、熱心なファンがいるというわけね。みんなから愛されているから、マネする人が憎まれる。悪人として死んでればいいのに」

「リゼさんって不思議ね。初めてコスに本格的なリーザコスしているのに、リーザのことを批判するなんて」


 そりゃ自分のことだからね。

 リーザは心の中で皮肉交じりにつぶやいた。そもそもリーザが軍に入ったは、自分の家で戦火に巻き込まれて、ひもじい思いをするよりかはマシという選択のために選んだけであり。英雄的志向はみじんもなかった。だが未来の自分の有様に少々絶望していた。

 嫌な伯父と同じ人を好きになって、好きな人と同じ服を安易に着ることができないなんてね。行方不明になって人気になるのなら、やっぱりあの時死んでいればよかったのかな……


「でもね、人ごみに流されたときに、助けに来てくれたリゼさんが本物のリーザのように見えちゃった」

「リーザは傭兵だよ。正義の味方じゃない」

「それはわかっている。リーザが戦っている動画もネットで何度も見ているし。でも。味方がピンチになった時に助けられた兵隊からしたら、同じ感じだったのかもしれない」


 感謝の言葉を述べるニナであったが、それを慰めとして受け止められなかった。

 戦争中は無我夢中で、上の指示に従い、生き残ることしかリーザの頭になかった。忠実に上官の指示に従って敵を殺し、作戦のため味方を助けなかったこともあったあの時自分に、他の味方から感謝されることがあってもこう答えるだろう。


 「命令だから」


***


 ニナとのやり取りをしているうちに、ベッドの上は片づけ終わった時には、もう夜は深夜の十二時を回ろうとしていた。


「これ朝までかかるんじゃない」

「もうここまでいいですよ。残りは明日片づけるから」


 それじゃあとリーザが部屋から出ようとしたとき、ニナが服のすそを引いて止める。


「本当に座って寝ちゃダメだって。ベッドで寝た方がしんどくないから」

「それじゃあニナの寝る場所が」

「ベッド大きいから一緒に入っても問題ないから。それにリゼさんにはそれくらいのことしか、私にはお礼できないから」


 宿主の言った手前、断るわけにもいかずリーザは同じベッドの中で寝ることにした。だが大人の女二人が入るとやはり狭く、二人の足が当たってしまう。


「リゼさん、本気でGWGの大会に出るの。退役軍人なら退職金結構出ているはずなのに」

「あ-、あたしって頭の先まで軍に勤めていたことしかできなくて、色々失敗しちゃったのよ。それなら自分ができることで稼ごうと思って」


 軍の生活しかしていなくてついていけないという点以外は嘘で固めた話だが、ニナは「不器用ね」と信じてくれた。

 するとニナが枕元に携帯電話を置くと、画面の中にテレビが映り出した。


「これ、前回優勝チームの決勝戦のリプレイ動画。

「へえ、これでテレビが見られるの」

「リゼさんって、ガラケー派?」


 動画が始まると、GWGの大会概要から説明が始まる。複数の試合形式。使用する武器の制限など、覚えることでいっぱいの情報が六十分で詰め込まれていた。


 画面が指の動きに合わせて動かせるのに興奮しながら、ニナが寝ている間に動画を何度も視聴してルールを覚えていく。

 そして動画が終わりに近づいた時、優勝チームが大統領と笑顔で握手している映像が映り出し、リーザは寝かけていたニナをポンポンと叩いて起こした。


「もしかしてGWGで優勝したら大統領に会えるの」

「ん? そうだよ、優勝したチームは大会終了後、大統領と会食と懇親会があるんだけど、私は優勝してもそこは辞退したいかな。国のトップと食事なんて絶対堅苦しいし、食べた気がしないだろうし。まあありえないけどね。優勝するのはプロの人たちだし」

「あたしは大統領に会いたいな」

「あー、そこは元軍人として、会うべきだから」

「そうだね。そんな感じ。あたしが想っていたことを直接大統領に言いたいんだよね。いろいろと」


 ニナが寝ぼけた状態で深く突っ込まなかったことに感謝しつつ、リーザはなおさらGWGで優勝しなければならないと決意した。

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