第5話 バルドのGWG専門店

「GWGで使える武器を売ってる店? まずルール把握からした方がよくない?」

「GWGってとどのつまり銃で相手を倒すのは変わらないんでしょ。まずは武器の把握から」 


 マーガリンとイチゴジャムを交互に塗った食パンをかじりながら、GWGに正式に参加する前にまずはどんな武器があるかニナにたずねた。リーザの信条は戦況より武器。戦場に適した武器を持っていけば有利になることは確かではあるが、実際に戦況は刻々と変わり有利な武器も変わる。まずはどんな武器が揃っているかから始めるのだ。


「うーん、まあGWGは実際に動いた方が覚えやすいけど。もしかしてリーザのコスのまま参加するの」

「うん。リーザになりきるとなんか動きがいい感じがするから」

「リーザでGWGの武器を買うなら私のお気に入りのお店がいいんだけど、メイクとか落とせる」

「あいにくこの顔は自前でね」

「そこまで似てるの!? じゃあ私のパーカー貸すから絶対にフード取らないでね」


 指についたジャムを舐めとりながら、なぜフード? と不思議がった。


 GWGの製品が売られている電気店街は土日の休みの日は人が道路の端まで埋まるほどごった返すのだが、平日の朝の十時となると人通りがまばらで寂しげである。ニナ曰く、平日の方がめぼしい武器の在庫が残っているため、大学生の特権だという。ちなみにブルゴは午前中講義が入っているため午後からニナと合流する予定だ。

 どの店に入るのだろうかと、高いビルに首を上げて眺めている。

 だがニナは大通りに面した電気店に入らず、電気店の間にある横道へと入っていった。ニナの後に続きリーザも入っていくとそこはビルとビルの谷間にある足元が薄暗い裏道。人の気配がない裏道を進んでいくと、ポツンと五階建ての外壁の塗装がはげ落ちたビルが現れた。どの階もブラインドが下り『テナント募集』の紙が貼られておりまるで廃墟ビルのようだ。そしてビルの前にあるビカビカとネオンが切れかかっている看板には『バルドのGWG専門店』と書かれていた。


 ここ? なんかゲームの武器じゃなくて、裏の武器商人とか闇商品でも売ってそうなんだけど。

 ニナが騙されていないか不安になりながら、急な勾配になっている階段を下りていく。そして『バルドのGWG専門店』と鉄のプレートが打ち付けられた重たそうな鉄の扉の前でニナが注意をする。


「いい、店に入ったら絶対にフードは取らないでね」


 ギイイと見た目通りの重い金属の重厚な音を響かせて中に入ると、まず目の前にあった棚という棚に銃が箱のまま無造作に平積みになって陳列されていた。武器の箱が天井まで山積みとなっているからか、蛍光灯の明かりを遮ってしまい店内が薄暗く見える。


「薄暗いねこの店、足元見えにくい」

「店長の趣味なの、なんか戦争中の雰囲気を再現しているらしいみたい」


 戦争中の雰囲気ねえとリーザは懐疑的であった。実際に戦争を体験しているリーザにとって、暗く狭いぐらいで戦時中の雰囲気を出そうとは戦争の歪んだイメージである。

 そしてこれまた先ほど通った裏道よりも狭い通路を進んでいくと、レジカウンターに角刈りに茶色の色眼鏡をかけた筋骨隆々の男が佇んでいた。カタギの人間ではなさそうだが、レジにいるからおそらく店長なのだろう。するとニナが「早く通り過ぎて」と焦らせた。


「あの店主、あたしを気に入らないの?」

「リーザのコスをしている人を見るとすぐ追い返しちゃうほどのリーザアンチなの。あんな見た目でもいい人なんだよ。リーザ関係でなければ。でもリーザのコスに合う銃を取り扱ってるのここしかないんだよ」


 現代では英雄と称される人気ものになってるとはいえ、やはり自分に恨みがある人間はいるわけだ。殺した人数は図書館に書かれているが、自分があの戦争のさなかで殺した人間の親族を含めたら何人の人間に恨みを買ったかわからない。殺された相手は自分を決して忘れないのだから。

 目当ての銃を探しに入った箱や垂れ下がった銃を押しのけて、狭っ苦しい通路を進んでいくととプラスチックの白い板に荒々しい手書きのマジックで『クラシック』と書かれたプレートを見つけた。


 クラシックとは、武器のシリーズの名称だ。リーザの時代に使われていた銃のはクラシックシリーズと呼称されており、GWGでの使用率がトップである人気にして、こだわりのあるシリーズだ。他にも現代で使われているモダンシリーズや弓やボルトアクション方式の骨とう品の銃などのお遊びや変態たちが扱うようなアンティークシリーズなどもある。


「GWGの武器は実際の武器の使用感をほぼ再現しているだよね。武器とコスを合わせて試合に臨む人もいるし。リサは初心者だからこのL/zyリジィー223から始めた方がいいよ。クラシックシリーズの中でも、リズ・ジィーダス社の223口径アサルトライフルは最大弾数の設定が三十六発もあって弾切れしないし、GWGの体験版でも使用できる初心者向け武器で」

「L/zy223が初心者向けなわけないでしょ。弾数多くした結果すぐジャムるわ、当たらんわ。そもそもトリガー引いても弾が出てるかわからん欠陥品よ」

「そんなことないよ。私が最初GWGを始めた時もこれ扱いやすかったし」

「GWGが設定間違っているんじゃないの、L/zyがそんないい銃作るわけない。あたしあんまり腹が立って、軍から渡されたやつを売って、デッドコピーを散々使い回してたんだから。交換する時もL/zyじゃないか撃つ前に調べてたし」

「売った!? 軍の武器を!!」

「あの時みんなそうしてたわよ。おかげでグラドニアの連中が喜んで、武器商人から買った武器を使ったらみんなジャムって大笑いよ」

「ちょっといいかい」


 背後からドスの効いた声が背後からして振り向いてみると、店長が仁王立ちでリーザの前に立っていた。


「姉ちゃんそのフード取ってくんねえか」


 店長がツンツンと太枝のような人差し指で自分の頭をつつくと、リーザは店長の指示に従いフードを取って自分の顔をさらした。


「リーザか」

「ご、ごめん店長。知ってはいたんだけど、絶対リーザでないとダメっていうから。でもリーザそっくりだし、彼女初心者なの。だから今回だけ武器売ってくれない」

「あんた銃は答えられるか」

「クラシックシリーズならなんとか」


 店長がレジのところへ来るように手招きしてついて行くと、店長はカウンターにサブマシンガンとボルトアクションライフルを置いた。


「この銃はなんだか答えらるか」


 色眼鏡の奥から貫く店長の問、さながら試練のように圧を感じた。

 ただ名称を答えればいいというわけじゃなさそうなのは直感で理解した。手に取ったサブマシンガンをよく見ると、ふつうの形状とは異なるカスタムをしていたこと。そしてそのカスタムが戦時中よく見ていたものであったことも。


「これは……Mマキシマム70サブマシンガンの改造型ね。ジャムが起きにくかったけど、サブマシン特有の弾ブレが大きいのが難点だったわね。マキシマムはハンドガンとか傑作銃を生産していたから、みんな試行錯誤していたわね。L/zyがクソ銃ばかり作ってくるから、『俺たちの銃はマキシマム』って歌を作っていたわ。これはバレルを伸ばしたタイプ。

 それからこの隣のはGAグラドニア・アームズ1820を対物用にしたものね。戦争時は五十年前製造のボルトアクション式の骨とう品とか最初馬鹿にしていたけど、狙撃など隠密行動で優れていた。ボルトアクション式はモンテではもう古いからって廃版になったから、敵からのを奪ったわ。敵ながらいい銃よ。アリドウの戦いではこいつで倒れた指揮官が倒れては撃って、倒れては撃って戦果はうなぎ登り」

「合格だ。ここまで細かくリーザが使用していた改造銃を、よどみなく答えられるキャラづくりができるなんて初めてだよオレ。ちょっと泣けてきた。リーザとして認めるぜ」


 店長は嬉しそうにちなみにサングラスの奥にあった店長の目は人一人素手で殺してそうな切れ長の目であった。その後ろで戦々恐々としていたニナが、店長の豹変ぶりにポカンと口を開けていた。


「店主リーザアンチだったんじゃ」

「逆。大ファンだからこそ、中途半端なリーザコスする馬鹿野郎を追い返したんだ。リーザコスして最初に手に取るのがL/zyだぁ? リーザと音の響き似てるから? アホか! L/zyは今でこそ品質が保たれて、まともな銃を作ってるが、戦時中はクソオブクソ銃を大量に作って戦争を長引かせた間接的戦犯だとミリタリ界隈で有名なんだ」

「そんな欠陥品が、なんで初心者向けとして展開しているの」

「そんなもの、過去のイメージ払拭するためだ。もうあの戦争を生で知ってる人間もいねえし、ゲームで戦時中使われていたアサルトライフル初期装備として使わせておけばにわか初心者は、L/zyは使いやすい武器だ。戦争中でも活躍した名銃だったと勘違いしてくれるって寸法よ。実際SNSでもそういう輩が増えているんだ」


 あのクソ会社め、どこまでも意地汚いんだから。しかしL/zyもまさか百年前の戦争を経験した人間が生きて、その銃の模倣品を手にしているとは思わないだろうに。

 しかしM70の改造型があるなんて意外と知られているものなのかとリーザは疑問に思った。戦時中に改造を施したものは製造会社に送らず、自分たちや地元の工場に依頼して改造してもらったもので、正式生産ではない。

 そしてニナがこの店を選んだということは、もしや自分の時代に作られた銃が多く揃っているのではと、期待を胸に店長に聞いてみた。


「店長さん、この持ってきた銃ってどこに置いてあるの。ほかにもこういうやつがあるのなら見てみたいんだけど」

「ああ、それは非売品というか俺が改造した銃だから売ってねえんだ。クラシックシリーズは戦時中に改良されたものもあるが、モデル企業が正式製造したもの以外は販売しない方針なんだ。だから当時の写真を見ながら俺がその形に近くなるように改造したんだ」


 なんだ売ってないのかとリーザは肩を落とした。店長の手製品が買えないというより、そもそも売ってないのがショックだった。M70の改造品は戦時中お世話になった愛着のある銃ではあるのが、自分が最も使っていた銃が店長の言うような正式に販売していないものなのだ。あれが一番愛着があったものだけに残念だなと思った矢先だった。


「で、こいつが俺の傑作品。リーザの愛銃と言われたL/zy30バトルライフルのデッドコピー。別名L/Zリーザ30サーティーンだ」


 店長が取り出してきた自慢の一品、木製の曲銃床に長く伸びる砲身と三十発だけ込められるように改造した斜めに入ったマガジン。そして光学照準器を搭載したバトルライフル。さすがリーザの大ファンと自称するだけのことはある、寸分違わないリーザの愛銃そのものであった。


 まったく使い物にならなかったL/zy30をどうにかしてほしいと、町工場の夫婦に頼んで作り直してもらい、リーザが倒れるまで使い続けていた愛銃。当時は名前は付けていなかったが、L/Z30なんて名前まで付けてもらってと昔の相棒の再会にリーザの目が輝いていた。


「店長それ」

「ダメ売れねえなこれは。俺が汗水とネットの写真を齧り付きながらカスタムした銃だ。簡単には売れねえ」

「うぅ。無念」

「ちょっと私もそれほしいと思っていたのに」


 同じリーザのファンであるニナも、出回ることのない愛銃に淡い期待をしていたが、店長の意地の前に封じられてしまった。しかし久しぶりに出会った愛銃を前に引き下がれなかった。


「店長さんレンタルでもダメ? L/Z30はリーザが持って活躍するのが銃としての本懐じゃない」

「うーん。まあ一理はある。で、あんたはGWG歴は何年」

「…………ゼロ年。でも戦場には」

「GWGでは戦場の知識は意味がない。未経験お断りだ」


 それでも粘ろうとするリーザの訴えも虚しく、お断りされてしまった。しかし項垂れるリーザの様子に店長があごをさする。


「ところで姉ちゃん、今どこかでバイトしているか。なかったらうちの広告塔になってくれねえか」

「広告塔?」

「うちはクラシックシリーズを中心に取り扱っているんだが、にわかどもや転売屋がなんの知識もなくやって来やがるんだ。俺が指導しようにも、手が回らない。あんたのように完璧に答えられるなら、うちの店がどんなやつ相手にしているか教えてやれるんだが」


 これは渡りに船だ。大統領に会うためにGWGを挑むには手元の金銭がない。ここならニナのマンションとも近く、愛銃のモデルにも触れるかもしれないとリーザは快諾しようとしたが、店長は条件を提示した。


「ただし、条件がある。この店のコンセプトを答えられたら採用だ」

「戦時中の地下施設がテーマでしょ。前に私に教えてくれたじゃない」

「そんな大雑把なくくりじゃない。具体的に、どんなことがあったかまで」


 何とも難題だろうか。店のコンセプトとは何か。おそらくリーザのファンと公言する店長のことだろうからリーザが赴いた場所であろう。だが店の構造はリーザが赴いた場所のどこにも当てはまらない。

 何としてでも答えなければと店の中を探索を始めようとしたとき、ニナの頭に砂のようなものがついていた。


「ニナ頭に砂が」

「やだ!?」


 パッパッと砂を払い落とす。それを取ってみると、砂ではなくコンクリートが砕けたものだった。上を見ると、今まで気づいていなかったが地下の天井であるはずなのに無数のひびがガラスの割れ目のようにひびが入っていた。

 そして周り壁から外の明かりが、小さな穴を通じて漏れているのを見つけると、リーザの記憶にある場所を思い出した。


「店長。ここってさ爆弾落ちてなかった?」

「え? リゼさんいくらなんでもビルに爆弾が落ちてきたら大騒動だよ」

「いや、百年前の戦時中に。そうか思い出したぞ。ここモンテの首都のイーストエリアにあった地下作戦室か。たしか上のビルに爆弾が落ちて、地下に埋まってしまってたな。上のビルは完全に破壊されたけど、地下は頑丈に作ってあったから命拾いしたのよね。それを知らずに占領しに来たグラドニア兵が、この通気口からの掃射で次々倒れたのよね。反撃しようにもトーチカみたいになって占領することもできなくて。グラドニア兵はトーチカ造りを手伝いにきたとか新聞で喧伝したけど。地下で守っていた身としては生きた心地がしなかったわ」

「合格! ここはイーストエリア侵攻の際に、リーザたちが立てこもって撃退した地下司令部だ。この上の構築物は戦後立て直されたが、この店がある地下は戦時中の構造のまま残されているんだ。リーザファンとしてはここに店を構えないといけねえ」

「でも店の中をあんなに商品で棚をぎゅうぎゅうに詰め込んでいたら分かりにくかったわ。それに指令室は爆弾が投下されたときに、衝撃で棚が倒れてこないように木箱の中に入れてたわ。それに地下に埋まっていた時は蛍光灯は相手に居場所が割れてしまう恐れから、ライターの明かりで照らしていたし」

「まいったな。あんたどこからそんな情報仕入れたんだ。イーストエリア侵攻は証拠写真がないっていうのに」

「リーザのことならほかの人よりいっぱい知っているんだよね。でお願いがあるんだけど、部屋とかも貸してもらえる」

「もちろん。上のビルの部屋も借り上げているからそこで寝泊りしてくればいいぜ。頼むぜリゼさん」


 バシッと背中を強く叩いて喜ぶ店長。それに対して驚きのあまりに口を開きっぱなしにするしかないニナ。


「ほんと何者なのリゼさん」 

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