第2話 人助けした後に食うただ飯ほどうまいものはない
「うん。うまい。どれもこれもうまい」
レストランに着くやリーザは目についた料理を片っ端から注文して、食した。マルゲリータやらペペロンチーノなど知らない単語ばかりであるが、百年ぶり、いや百と十年ぶりに静かな環境でまともな食事にありつけたのは久しぶりのことでうまいの言葉しかでなかった。
その食いっぷりにニナは少し引き気味である。
「そんなに。イタリアンチェーン店なのに」
「いや全部うまいよ。たぶん皿までおいしいよこれ。軍隊にいた時なんかマシな食事なんて固形バーと水だけしかなくてね。ジュースなんか人工甘味料を馬鹿の一つ覚えみたいに着色したのしかなくて、甘ったるくてまずいのなんの。それなら砂糖水寄こせって上に何度も直訴したのよ」
「国軍ってそんなに食事に窮してんの」
「予算を少しでも減らすためにトイレットペーパーの枚数制限しているとはネットで見たことありますが、食事まで予算を減らしてるとは」
しまった。私が食べていたものって戦時中の戦闘糧食とかが中心だったから、今の平和になった軍とは違うんだった。と気づいた時には黄色いライスをスプーンで口に運んだあとだった。
「ところでさっきの『GWG』てのはなんだい。何かのイベント?」
「『グレートウォーゲーム』数年前にサービス開始したバーチャルシュミレーションサバゲーです。リアルタイム同期システムというエニグマ社のチーフプログラマーハンセンがゲーマーと一般人の垣根を超えるためのローンチタイトルとして出したのです。そもそも近年FPSゲームは、わずかなラグや通信環境によるコンマ数秒で勝つか否が激化され、ゲーム機だけでなく周辺機器が整ってるかで左右される周辺機器環境優勢ゲームであることがハンセンも気がかりなところで」
「ストップ、ブルゴ殿突っ走りすぎ。簡単に言えば、生身の人とゲーム機をしてる人と両方戦えるサバゲーってこと」
「……サバゲーって何?」
「そこから!?」
驚くニナであるが、戦争が日常であった時代であったリーザにとって疑似戦闘が遊びになることなど考えもつかないことなのだ。
サバゲーとはなんとやと説明を聞き、皿に残っていた一本のパスタをすする。
「ゲームで戦争して楽しいの」
「本当に戦争がしたいわけじゃないし。それに死なない時点で本物の戦争じゃないもの」
「そうですとも、ゲームと戦争は別物。我々は傷つかず楽しむことができるゲームが好きなんです。大学でも戦争は失うばかりであるとさんざん言われてますので」
それを聞いてリーザは安堵して、残ったパスタソースにパンを浸す。
戦争はクソだ。物は壊れる。ご飯も安心して食べられない。早く終わらせるのに戦闘に参加しても、敵味方関係なく死んで、生き残った奴に後ろ指を刺される。きっと今の世界では壊れるだけの戦争より、サバゲーで決着でもつけるように教育されているのだろうな。
ブルゴがドリンクのお代わりをしに席を立ちあがると、トマトやニンジンなどが入った彩り豊かなサラダを食べていたニナに目を向ける。
「あんたたち大学生だったんだね。未来ある学生に飯奢らせちゃって悪いわね」
「お年寄りみたいな言い方。いいですよ助けてもらったんですし」
「それで男とか作ってんの。ニナちゃんみたいな可愛い女の子、彼氏一人でも作っておかないと告白されまくりで揉めるでしょ」
「いやいや揉めませんって。今の恋愛はネットで知り合ったとか何かしらの付き合いからの流れから始まるのが多くて。見知らぬ人から声かけられるのめったにないですし。もしかしてリゼさん、けっこう声かけられて」
「あたしは弾除けみたいな男が一人。軍隊って男所帯だから女が一人でもいると出し抜こうとするやつが出てくるもんなの。集団連携が命の軍隊にロマンスや恋人のために行動から外れるなんてことあったら致命傷だから、恋人がいる体にすれば」
「うわぁ嫌だなそんな恋愛事情。その人ほかの男から目の敵にされそうで」
ニナの言うとおり弾除けの男はリーザと恋仲であると知られてから仲間内から白い目で見られるようになった。そして戦場では、文字通り弾除けとして活用していたことも。
すると、サングラスにスーツの背の高い男がリーザたちの席にやってきた。長身だが肩幅があり肉付きがあるが、まるで長方形のような体格だ。
「やっと探したよニナちゃん。こんなところでのんびりしちゃって」
「今日は仕事で職場でお泊りじゃないの」
「ニナちゃんのいた地点で、群衆雪崩警報が発令したから仕事を切り上げて駆けつけてみたこっちの身にもなってくれ」
話しぶりからして親族であろう。しかし、顔つきが似ていない。それにもう日が落ちているというのにサングラスかけているのが引っかかっていた。
「ニナのお父ちゃんかい」
「……えっ?」
男が屈んだ状態で立ち止まると、ウエイターと接触してしまい、男のスーツに運んでいたスープがかかってしまった。
「すみません。すぐに拭くものを持ってきます」
「やれやれ、せっかくクリーニングから戻ってきたばかりだというのに」
「まったく、世話が焼けるんだから。この人私の伯父さんなの」
父親と呼ばわれてそんなに驚いたのかとニナもリーザも呆れると、ニナの伯父がスープが付いた上着脱いだ時、リーザの警戒心が急上昇した。
「あんた。その中にあるのは」
伯父のシャツの下から人の肌とは明らかに異なる塗装された白色のカバーが見えたのだ。義手的なものではないのは明らか、ましてや内臓などが入っている体の中心に人工的なものが入るなどありえないはず。
「私サイボーグ研究をしていましてね。仕事柄、研究のために自分の体もサイボーグ化しているんです」
「サイボーグってあんた。自分の体を機械化しているの!?」
「全身の人は滅多にいないから驚くよね。伯父さん金持っているし」
「これは、ステラリア所長! ニナ殿からはお話は聞いておりましたが、その腕! やはりサイボーグ化を施されていたのですね」
「週刊誌ややたら詮索癖の強いネットの住人からの噂が流れているようだね。これはプライベートなことだから口外しないように」
戻ってきたブルゴがステラリアの腕からわずかに覗いた白いカバーを見て驚喜の声を上げた。
百年後の未来の世界での違いをこの一日でまざまざと見せつけられたが、サイボーグという空想の産物までとなると、リーザの許容範囲を超えていた。それも肉体を捨てることに嫌悪感もなく、ニナもブルゴも当たり前のように受け入れている。
機械の体だなんて、あたしの時代だと義手つけていただけでマシーンだとか、改造人間とか揶揄していたのに。
少し頭がショートしだして、頭を抱えるとニナが心配して声をかけた。
「リゼさんどうしたの」
「…………サイボーグ化って流行っているの」
「全身機械化は高いですから、一部の人だけです。それに機械の体とはいえ、パーツの維持費や交換に部品のメーカーが突然潰れたらのリスクを考えると。高価な義手みたいなものです。しかしこの見事な機械感を感じさせないフォルム、さすがステラ総合機械研究所の所長自らが作り上げたものは見事としか」
ブルゴの説明に一安心するものの、目の前の人がサイボーグとはまだ理解が追い付かない。
「やはり気に食わないかね。サイボーグ化するのは肉体への反乱だと嫌う人がいるから」
「いや、サイボーグにちょっと偏見があったこっちの問題だから」
そう言って謝罪をするものの、ステラリアのかけているサングラスの奥が機械の目で見ているような気になりだした。
ここは百年後の未来。あたしが異端なんだ。リーザは自分に言い聞かせるが、価値観が異なる未来の世界で生きていけるか。不安が呼び水となって、それまでの見ないようにしていたこれからのことまでもがどっと襲い掛かりだした。
「ところで、君のそれってリーザ・ブリュンヒルドのコスチュームということは『GWG』に参加するのかね。今ね政府や国軍が軍事訓練に使えないかと支援に乗り出していてね。前回大会から賞金が出るようになったからやっぱり増えているのかねぇ」
賞金の二文字にリーザの顔が再び持ちあがる。
それだ。GWGで賞金を稼いで自分で食い扶持を稼げばいい。GWGはどうやら戦争ゲームのようだし、人を殺すこともなく戦争経験で得た力を発揮できる。それに目の前には経験者もいる。
しかしニナがストローをガジガジと噛みながら「そんな甘いもんじゃないよ」と待ったをかけた。
「伯父さんわかってないな。そっちはプロeスポーツ出身か元軍人の人たちがチームを組んでひしめき合ってる魔境。私たちエンジョイいや、アマチュアが割って入り込める隙がないの」
「そうなのかね。ニナちゃんも賞金狙っているからとGWGをやっているかと思ったが」
「伯父さん研究所に籠りっぱなしで、世間知らずになってない?」
「そんなことはない。ちゃんとネットで世間の情報は網羅している」
「伯父さん絶対失敗するからSNSだけはやらないでね」
「ニナ殿開会式が始まりましたよ」
ブルゴが持ち出した手に収まるほどの機械にどこかの会場の映像が映し出された。
「シュティッヒ大統領閣下がお出ましだ」
中央の壇上に上がった大統領が、マイクをコンコンと軽く叩いて音量を確かめると開会のあいさつを始めた。
『GWGにお集まりの皆様、この国内最大のイベントの挨拶に携われることに主催者並びに関係者に感謝申し上げます。あの二つの国で二つの民族が共に暮らしたはずの土地で殺しあう悲劇から今年でちょうど百年。父が目指した平和で悲劇の涙をこぼさせない国造りを目指してきました』
あいさつが始まってすぐ、耳を傾けるのはステラリアのみだけで、ニナとブルゴは「ルールとかの変更はない感じかな」「サービス開始から細かいバランス調整を『GWG』はしてきましたから、また来るのではないですか。リアル側は自分で動く分疲労が溜まりやすいです」とゲームの話に入っていた。
その中でリーザは、画面越しに映る大統領の顔とその名前を見て、胸をかきむしりだした。
「……あいつ、結局浮気しやがったな。フェル」
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