#7 後日談を語らせてください!
――というわけで。
攫われてしまった私は無事、三人に助けて貰った。
あの後。地上に出たらすごい臭いがしていて、傷だらけのショウ君がゾンビの群れの中、ずっと悪態ついてる怖い人を拘束してたから、私はびっくりしてしまった。
その人は凶悪犯らしく、ショウ君とノワルーナさんがゾンビを連れたまま
その後、テオが“ジョニーの陽気な酒場”まで送ってくれた。夜の寒さに震える私に、テオは上着をかけてくれて……。無言で二人、星空の下を歩いた。
帰ると奥さんは私をぎゅっと抱きしめてくれて、ジョニーさんも静かに「おかえり」と言ってくれた。私は二人に見守られて、また泣いた。
ショウ君はあの後、大変だったらしい。
凶悪犯を引き渡した後、ゾンビたち一人ひとりと別れを交わして、そのまますぐにお医者さんに診て貰ったそうだ。
雑菌が大量に繁殖している死体に噛まれたりして傷を負っているから、感染症のリスクがとても高い危険な状態だったらしい。
幸い、今のところは大きな病気が発症することもなく元気にしているけれど、数日は絶対安静の隔離生活から抜け出せないのだという。
凶悪犯の方はすぐに処刑が決まった。優しいテオ君はきっと、自分が捕まえた凶悪犯が処刑されたことで自分を責めていると思うから、早く元気づけてあげたいし、改めてちゃんとお礼も言いたいんだけど、まだしばらく会うことは難しそうだ。
ノワルーナさんも大変だ。
ゲミニ団のアジトを暴いて下っ端をほとんど殲滅し、凶悪犯を一人捕まえられたとはいえ、独断で動いてボスを逃がしてしまったことで、一部からはかなり批判されているようだ。
凶悪犯を直接捕まえたのは一般人で、ノワルーナさん自身は幹部と思われる強敵と戦ったのに取り逃がしてしまったというのが痛いようだ。それを加味しても大手柄には違いないんだけど、普段からノワルーナさんをよく思っていない人たちから格好の的にされてしまっているんだと思う。巷では『ノワルーナ、初の敗北』なんて噂になってしまっている。
私の命を優先して
でも、そんなノワルーナさんはめげることなく頑張っている。
自分の失態を潔く認めた上で、もう二度とこのような失敗はしないようにと、普通の剣を使った戦いの訓練も始めたらしい。既に始めたばかりとは思えない腕前らしくて、まるでずっと使い続けていた武器のようだと早くも評価されているようだ。ファンの間では『ノワルーナが二本目の刃を手に入れた』なんて話題になっている。やっぱりノワルーナさんはすごくて人気者だ。
そんなのノワルーナさんにも、改めてお礼と謝罪をしに行きたいんだけど、このタイミングでゴシップになってもいけないので、しばらく会いに行くのは控えた方がよさそうだ。
テオはと言えば、ついにバレンタインデーの目玉商品の販売を始めている。
私はそれを見て、びっくりした。
――チョコと一緒に、愛する人の笑顔を作りませんか――。
というキャッチコピーが大きく書かれた箱に、刻みチョコレートと型、そしてイラストを使った説明書の入った『手作りチョコレートキット』。
それが、テオのバレンタインデーの目玉商品だったのだ。私はてっきり、新しい味とか形の新作チョコを作るんだとばかり思っていたから、びっくりした。
でも、確かに「色んなところに頼んである」って言ってた気がする。あの時は義理チョコへの苦い思いで頭がいっぱいで気づけなかったけど、チョコ作りにこだわりを持つテオだったら、単に他のところにチョコを頼むはずなんてなかったんだ。
でも、テオがチョコ職人になった理由を、チョコ職人を続けている理由を考えたら納得の商品だ。バレンタインデーのコンセプトにもぴったりだし。
他にも、孤児院の子たちを通じて、直接若い層への根回しもしているらしい。確かに若い子の方がこういうイベントは盛り上がるなと思うと、ぬかりないなと感心する。
前日と当日には手作りチョコ教室なんかもやるみたいだし、やっぱりテオ手製の新作チョコレートもあるらしく、今は大忙しみたいだ。
私は、どうしようかなぁ――。
バレンタインデーのことを考える。
嫌いで嫌いでしかたなかったバレンタインデー。苦い記憶でいっぱいだった義理チョコ文化。今だって嫌いだし、今だって苦い記憶でいっぱいだ。
でも、テオの言葉を思い出す。
――てめぇらが
会社員時代のことを思うと、百パーセントの気持ちでその通りだとは思えない。でも、確かにテオの言ってることも一理あるかなって、そんな気もしなくはない。……ちょっとムカつくけどね。
テオは、チョコを食べた人の笑顔が見たくてチョコを作っていると言っていた。もちろん、買って行くお客さんがチョコを食べる時、テオはそれを見ていない。だから、お客さんたちの顔を思い浮かべて、ほとんど見ることのできないその笑顔を思い浮かべて、チョコを作っているんだろう。
私は、笑顔になって欲しい人の顔を思い浮かべてみる。
奥さんとジョニーさん。ショウ君にノワルーナさん、に一応テオ。それから、いつもお店に来てくれるお客さんたち。それから、それから……。
意外と多く思い浮かんでびっくりした。
みんなに義理チョコ、渡そうかなぁ。お客さんとかまで入れたらすごい量になりそう。全員に手作りは無理だな。お金もかかるし……。
ああでも、悪くないな。大好きな人たちの、普段お世話になってる人たちの顔を思い浮かべて、こうやって人を思う時間は悪くない。
奥さんに相談して、何かお店でもイベントをやってみるのはどうだろう。私一人で出来ることは限られてるけど、お店として、奥さんと協力してなら出来ることも増えるはずだ。いつも、モモコちゃんって言ってくれるお客さんたちの顔を思い浮かべると、何かしらしたい気持ちになる。
そんなによく知ってるわけじゃないのに、不思議だ。会社員時代、義理チョコを準備するのはあんなに嫌だったのに……。
でも、嫌いな上司や、大した関わりもない人たちなんかのことも、ちゃんと一人ひとり顔を思い浮かべてチョコを準備してたら、もう少し何か違ってたのかなぁ……。
いや、それはないわ! 余計ムカつくだけだわ。
……でも。でも。
バレンタインデーも、義理チョコも、悪いだけじゃないのかもしれない。
テオが商売戦略のためだけにバレンタインに便乗したわけじゃないように。
私はテオの新商品を思い出した。
――チョコと一緒に、愛する人の笑顔を作りませんか――。
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