#6 新作のチョコレート、その驚きの中身とは?!

「――手作りじゃないのかって。あんだけ朝から晩まで働かせておいて、手作りじゃないのかってなによ! てか、威張り散らしてるかスマホいじってるかだけのおっさんがチョコ貰えるだけでもありがたいと思いなさいよ! 流石にコンビニのチョコとかじゃよくないかなって、デパ地下まで行って買って来てるのよ私たちは! 安い給料で自腹切ってさ! それを手作りじゃないのかって、アンタらなんかに何が悲しくて手作りしなくちゃいけないのよ!」

「おっ、おう……。そうだな……」

 ゲミニ団のボスさんが相槌を打ってくれる。

「それをテオのやつ。何で言わないんだって、言わないに決まってるじゃない! バレンタインなんて大っ嫌いなんだから!」

 私は牢屋越しに、先ほどからボスさんに愚痴を聞いて貰っていた。なんかおかしいなって気もするんだけど、もうこうなったらヤケだった。

 一応、ボスさんは明らかに非モテ男子な感じ出てるから、その辺の地雷は踏まないように注意はしてたけど、今のところ大丈夫みたい。

「だいたいテオのやつねぇ!」

 バタン! といきなりドアが開いて、私は思わずびくっとなった。

「……テオ?」

 そこには、テオがいた。

「おい、てめぇ! さっきから黙って聞いてりゃ半分以上俺の悪口じゃねぇか! なんなんだお前、人が心配して助けに来てやったら悪口言われてるって。ざけんじゃねぇよ!」

「ごっ、ごめん……」

 攫われた時よりひやっとして、罪悪感も相まって、私はうつむいた。ムカつくのもほんとだけど、これは流石に申し訳ない……。

 そんな私の前に、ボスさんが立ちはだかった。

「悪いなモモコ。お喋りの続きはコイツをぶっ殺してからだ」

「はっ?」

 予想外のボスさんの言葉とそのたくましい背中に、私は目をぱちくりさせた。

「ぁあ? てめぇがモモコとか言ってんじゃねぇよ。なんかムカつくんだよ。つーか人質だろ? 攫っといてなに守ってやるみてぇな面してんだてめぇ」

「……確かに俺とモモコの出会いは最悪だった。でもなぁ。モモコと俺は、腹を割って話した仲だ。なぁ、モモコ」

「えっ? いやぁ……。えっ?」

「おい、モモコ。こいつやべぇぞ……」

「うるせぇ!」

 ボスさんが乱暴に振り回した腕が、牢屋の鉄格子をまた壊す。私は小さな悲鳴を上げて縮こまる。

「はぁ……。まあいい。てめぇ、バレンタインが許せねぇんだってなぁ」

「その名を……、俺とモモコの前で口にするなァ!」

 ボスさんの大声に私は思わず耳を押さえる。この人、色々大きすぎる……。

「ぁぁ……、うるせぇなぁ。ひとのチョコづくりの邪魔しやがって! ムカつくけどよぉ、俺はチョコ職人だ。お前と戦いに来たわけじゃねぇ」

「ああ?!」

 ボスさんが声を荒げるけど、テオは全く動じない。

 テオの言う通り、テオはただのチョコ屋さんだ。こんな強そうな人、本当は恐いに決まってる。なのに、そんな素振り全く見せないで、テオは助けに来てくれた。

 私は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 でも、でも……。

 私の中にうす巻いているバレンタインデーへの嫌悪は、どろどろした感情は、テオへの不満は、確かに今だって胸の中にあって。それが余計に申し訳なくて。でも、どろどろして、どうしようもなくて。

 私の心はもう潰れてしまいそうだった。

「その前にだ。――おい、モモコ。お前なんか勘違いしてねぇか?」

「えっ?」

 唐突に言葉が私に向いて、びっくりした私は間抜けな声を出してしまう。

「確かに俺は商売でチョコ作ってるよ。チョコで金儲けしてるし、金はいくらあっても足らねぇ。俺のためにも、孤児院のあいつらのためにもな……。

 でもなぁ! 俺はチョコ職人だ! しょこら・ぱてぃしえだ! 好きでチョコ作ってんだよ。俺ぁなぁ、ガキん時食ったチョコの味が忘れらんねぇで、そいつがもう一度食いたくて、自分の手でそいつを作りたくて初めてチョコを作ったんだよ。それぁ、ただ溶かして固めただけの、不格好なチョコだった……。でもなぁ。そん時、俺が作ったチョコを食って。先生が、みんなが、美味しいって笑ってくれたんだ。そん時俺は決めたんだ。チョコ職人になるって。俺のチョコ食ってうまいって笑ってくれる、その顔が見たくて、その笑顔が作りたいと思ったんだ。だから俺ぁチョコ職人やってんだ。

 商売戦略だぁ? 金が欲しくてやってるだぁ? ああ、そうだよ。そいつもゼロじゃねぇさ。でもなぁ、それが全てじゃねぇ。それが一番じゃねぇ。俺が一番欲しいのは、俺のチョコ食ってうまいって笑ってくれる、そいつの笑顔だ。

 勘違いしてんじゃねぇぞこのばかやろぉ!」

「テオ……」

 私はそれ以上、言葉が出なかった。

「おい!」

 テオがボスさんに視線を移す。

「なんだ……」

「聞いてたよなぁ? 俺はチョコ職人だ。チョコ作りの邪魔されてムカつくけどなぁ。ムカつくけどよぉ。それでも俺は思っちまうんだ。考えちまったんだよ。顔も知らねぇてめぇが、チョコ食って、うめぇって笑う顔が見てぇってなぁ」

 そう言ってテオが懐から出したのは、小さな箱だった。

「夏じゃなくてよかったぜ。――おら。これは俺からお前へのチョコレートだ」

 そう言ってテオがボスさんに近づいていくその脚は、かすかに震えているように見えた。でも、テオは真っ直ぐにボスさんに近づいていく。

「食うわけねぇだろ!」

 ボスさんが突然、テオが差し出すチョコを払いのけようとした。

「なっ!」

 テオは咄嗟に手を引っ込めながら身をていしてチョコをかばい、そのまま壁まではたき飛ばされた。

「テオ!」

「……ってぇなぁ。なにすんだこのやろう!」

「知るかァ! 俺がお前のチョコなんか食うわけねぇだろォ! 馬鹿なのかお前はァ! ァア?! 敵が持ってきたチョコだぞ? そんなもん食う奴がどこにいる! ェエ?!」

 テオはゆっくり立ち上がると、ボスを睨んだ。

「毒が入ってる、って言いてぇのか?」

「疑わねぇわけがねェ」

 テオは静かに箱を開け、六粒のチョコをボスさんに見せた。大粒のチョコが綺麗に並んでいる。

「なめられたもんだなぁ、ったく。何度言ったらわかるんだ。俺ぁチョコ職人だ。チョコに毒なんざ入れるわけがねぇ。でも、てめぇの言うことも一理ある。選べ」

「アァ?」

「一つ選べ。そいつを俺が食う。残りはお前が食え。俺がお前に食わせたくて作ったチョコだ。食ってくれよ。頼む……」

「……」

 しばらく二人が見つめ合い、痛いくらい沈黙が部屋にこだました。

「あっ、あの!」

 私の声に、二人が反応する。

「私も。テオは、流石にチョコに毒を入れたりは、しないと思う、な……」

 私の言葉を聞いて、ボスさんは少し黙った後、テオの方へ歩み寄った。

「下の段の、真ん中だ」

「……これだな?」

 テオのごつごつした繊細な指がチョコに伸びる。

「いや、やっぱりその隣だ。右、いや、左」

「どっちだよ、ったく。これだな?」

 テオの指が躊躇なくチョコの上をゆく。

「……ああ、それでいい」

 テオは無言でチョコをつまむと、口に入れた。

「……うめぇ。――おら、食え」

「……」

 ボスさんは無言で箱を受け取ると、チョコを一粒口に入れた。

「……っ! テメェ! こっ、れは……」

 ボスさんは急に激昂してチョコを吐き出したと思ったら、すぐに大人しくなった。

「てめぇ、もったいねぇことしてんじゃねぇよ! ……まあでも紛らわしかったか。毒じゃねぇ。そのチョコに入ってんのはウイスキーだ」

「……」

 ボスさんがもう一粒、口に入れる。

「……こいつは、うめぇ」

「だろ? ゲミニ団のボスはウイスキーが好きだって噂は聞いてたからな。モモコんとこの酒場に頼んで、特別に貴重なウイスキーを譲って貰って、大急ぎで試作してみたんだよ。どうだ? の割にはうめぇだろ?」

「ああ」

 さらにもう一粒食べて、ボスさんは言う。

「今まで食べたチョコで一番ウメぇ……」

「そいつはどうも。そのチョコも、今年のバレンタインデーには完成させてやる。店にゲミニ団が来たらもちろん通報するが、俺はチョコ屋だ。それが客ならチョコは売る。バレンタインデーくらいなら、サービスすんぜ? どうだ。悪い話じゃねぇだろ?」

 ボスさんはテオの言葉を聞いて、少し沈黙してからこっちにやって来た。

「……モモコ、手荒なことして悪かったな。帰っていいぞ」

「ボス……さん……、きゃっ!」

 ガシャァン! と大きな音を立てて、牢屋に出口ができる。

 そうやって開けるんだ、と思ったのも束の間、ボスさんはどこか悲しそうな背中を向けて去っていった。

「――おい、モモコ。嫌いなら嫌いって最初から言えよ! ったく。だいたいてめぇらが他人ひとと向き合わねぇのをバレンタインデーのせいにしてんじゃねぇよ。んなもん、バレンタインデーがなくたって義理チョコがなくたって、どっかでムカつくに決まってんだろ!」

「はっ、はぁ?! 何よ。ちょっとは見直したと思ったら。ほんとにテオは口が悪いんだから!」

 私はテオの言葉に素直になれなくなって、ついありがとうも言わずに言い返してしまった。

「はっ! ……まあ、悪かったよ。気づいてやれなくて。それにまあ、おまえがあいつの心開いといてくれてなかったら、チョコ食って貰えなかったかもしれないしな。ありがとよ。おびえてっかと思って選んできたんだけどな。予定とは違ったが、これ。お前のチョコだ。おめぇの笑顔が見たくて持ってきたチョコだ……」

「えっ……」

 私はテオが差し出す箱を見つめて、それで、言葉をゆるめるきっかけを貰った。

「ありがとう」

「おうよ」

 箱を開けると、リーフを模した綺麗なチョコが入っていた。

「食べていい?」

「そのために持ってきたんだろうが」

「……いただきます。……ん!」

 ハーブ、だろうか? 紅茶のような味のまろやかな風味が口いっぱいに広がった。口の中を吹き抜ける優しい香りに、心がほどける。

「……ありがとう。ごめん。ごめんね、テオ。でも、こわかった。こわかったよ……」

 思わず、涙が溢れてきた。

「ぁあ? あんだけ元気にひとの悪口言ってたじゃねぇかよおまえ。ったく。それ食って落ち着いたらさっさと行くぞ」

「うん。ごめん。ありがとう」

 私はもう少しだけそこで、テオのチョコの余韻を感じた。


     *


 ボスの退避命令がアジト内に響き渡るのと、モモコを連れたテオが大広間に戻って来たのはほぼ同時だった。

「おっと、これは残念だ。決着、つきませんでしたね?」

 依然、光を奪われたままのアエギスが戦いの手を止め、微笑む。

「……」

 ノワルーナは何も答えない。

「ご安心ください。貴方の魔法のことは誰にも言いませんので。次はもう少し、楽しめるといいのですが――」

 そう言うと、アエギスは高く遠くへ飛び退いた。

「ノワルーナさん!」

 そこへ、モモコが駆け寄っていく。

「んだ? あいつそんなにつえぇのか?」

 テオも遅れてやって来て、アエギスを一瞥いちべつしながらそう言った。

「……ああ、すまない」

「なんで謝るんですか? 助けに来てくださって、ありがとうございます」

 ノワルーナは終始アエギスを警戒しながら、状況を簡単に確認する。

 そして、三人は急いでアジトの出口へと向かった。

 大広間に、アエギスがただ一人残る。

「おー、アエギス! 無事だったかぁ!」

 そこへ間もなく、ボスが大きな声を張り上げてやって来た。

「これはこれは。ボスもご無事で何よりです」

「あったりめぇだ。あんなチョコ屋に負けるかよ。……あれ? 死体が一つもねぇなぁ」

 ボスが不思議そうに辺りを見回す。

「えぇ。自警団のノワルーナ殿がお一人でいらっしゃったのですが、噂以上の腕前でして。足止めがやっとでした」

「はぁん……。お前でも勝てないなんて、あいつそんなに強いのか」

「ええ。目の見えない私では、手に余りました」

 アエギスの言葉に、ボスは驚いた様子もなく答える。

「そっかぁ。お前、ほとんど目ぇ見えてないんだもんな。よくやってるよ」

「それほどでもありません」

 アエギスは細い目をさらに細めて笑う。

 ボスの言う通り、彼はほとんど目が見えていなかった。ノワルーナが離れ、魔法の効果が切れた今も、それ以前から、ノワルーナの魔法で光を奪われるずっと前から。アエギスがその目で見る世界は、モザイクがかかったようにいつも霞んでいた。

「どうせしばらくは大人しくするんだろ?」

「ええ。このアジトが本命だと思っていただきたいですからねぇ。ひと月くらいは表に出ず、武装と人材のさらなる拡充にてたいと思っています」

「じゃあ、ついでにレーシング手術探そうぜ」

「レーシング?」

「ああ。俺の前世にあったんだよ。なんか、目がよくなるらしいぜ? 転生者がこんだけいんだ。どっかに一人ぐらい出来る奴がいてもおかしくねぇだろ」

「……ええ。それは、そうですね。お気遣いありがとうございます。ですがボス。それはレーシング手術ではなく、レーシック手術では?」

「ああ、そうだったかもしんねぇなぁ。よく知ってんなぁ、お前」

「ええ。前にどこかで聞いたんです。私、耳だけはいいので――」

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