#5 正義が必ず勝つとは限らない?驚きの展開に!

「ノワルーナ殿。先ほどからよけるばかりで、そろそろ私も飽きてきましたよ? もう少し楽しめると期待していたのですが……」

 先ほどから激しい突きを繰り出し続けているアエギスは、しかし涼しげな顔で穏やかにそう言った。

「……」

 対するノワルーナは防戦一方で、時々剣を抜くものの距離を取る隙を作ることしか叶わず、うつむきがちに逃げるばかりである。

「早く私を倒さなければ。あのチョコレート屋さん、ボスに殺されてしまいますよ?」

 アエギスは常人離れした身軽さで瞬く間にノワルーナとの距離を詰めては、豪雨の様な突きを放つ。

 その攻防はさながら、寄せては返す波のように。その戦況はさながら、徐々に満ちてゆく潮のように。アエギスが一方的にノワルーナを攻めている。

 アエギスの突きは全てに威力が乗っている。にもかかわらず、剣を引いた次の瞬間にはもう次の突きが打ち出されている。彼の常人離れした身体能力から繰り出される連撃に、威力を落とした牽制の突きはなく、そこにつけいる隙はなく、相当な手練であろうとも二撃目、三撃目をかわすことはまず不可能に等しいだろう。

 そんな攻撃をノワルーナはほぼすべてかわし、残りも壊れかけの籠手や剣のガードで凌いでいる。その実力は本物であると言わざるを得ない。

 しかし、どんなに賛辞を並べ立てたところで、命の奪い合いに置いては結果が全てである。敗北は死だ。死んでしまえば後はない。

「……」

 ノワルーナがうつむきがちに剣を抜く。

 その閃光はアエギスをかすめるが、軽々と飛び退いたその肉体に傷はない。出来たのは間合いだけ。何度も繰り返される光景。

 しかし、ついに時は満ちた。

「っ……」

 ノワルーナが壁際で脚を滑らせる。それは潮時の合図。

「……!」

 アエギスが跳び空気を切り裂き、瞬く間に間合いを詰める。

 そして、その果てで、彼はノワルーナの最後の呟きを聞いた。

「――εκλειπσισエクリプシス τοトゥー φωςフォース

「っ?!」

 アエギスの動きが一瞬、鈍る。

 その隙をノワルーナは見逃さなかった。

 抜かれた光の剣はアエギスの命に迫りかけ、あと少しでその喉笛を焼き切るところだった。

「……これは」

 数メートル飛び退いたアエギスはぎこちなく着地し、瞼を撫で、呟く。その顔からは初めて笑みが消えていた。

 ――光魔法“我、汝の陽を食らうものアイズ・イーター”。

 ノワルーナの魔法により、アエギスの目は完全に見えなくなっていた。

「これはこれは」

 再び微笑むアエギスに隙を与えず、ノワルーナは地を駆けその間合いを埋め剣を抜く。危なげにかわすアエギスの髪が焦げる。

 さらに剣を抜く。服が焼ける。

「おかしいと思っていたんですよ」

 アエギスはそう言いながらレイピアを打ち出すが、その切っ先はノワルーナがよけるまでもなく空気だけしか貫かなかった。

 対するノワルーナの刃はアエギスの胸元をかすかに焦がす。

「貴方の光魔法は有名すぎる」

 再び異常な跳躍力を見せてふらりと着地するアエギス。

「いくら強いとはいえ、普通ならば得意とする魔法や戦法など、みなできる限り隠すものです」

 強者と言えど、それが人である以上万能ではない。必ず弱点、とまでは言えなくとも短所はある。だからこそ、戦いにおいては敵の情報を少しでも収集するようつとめ、自分の情報は少しでも隠そうとつとめるのだ。もちろん強者であればあるだけ注目され、対策はされる。

 しかし、ノワルーナは、ノワルーナの光魔法とその戦法は別格であった。数多くの本がこんなにも公に刷られている者は、世界中を探せどノワルーナくらいのものであろう。いくら町に密着した自警団の最強格であり、人気商売という側面もあるとはいえ、普通ならばそんな本など出させない。出れば放っておくはずもない。自警団という組織的な権力があるのならなおのこと。

「まさか、光を奪う魔法とは……。フッ、フフフフ……」

 アエギスが可笑しそうに笑う。

 彼の言う通り、ノワルーナの奥の手である光魔法“我、汝の陽を食らうものアイズ・イーター”は対象の目に向かう光に干渉し、その軌道を変える。ゆえに光が目に入らず、対象はまるで闇の中にいるかのように視界を奪われる。光を奪われるのである。

 その効果は視覚に依存したほとんどの人間にとって絶大な効果を発揮するが、対象の近距離で長い詠唱を唱える必要があるなど大きな欠点が多いため、少なくとも現代では全くと言っていいほど知られていない廃れた魔法だった。

「すまない。この町のため、貴殿はここで確実に仕留めておきたかった」

「ノワルーナ殿にそうまで言っていただけるとは、光栄です」

 微笑むアエギスのもつれた足が向かった先は壁際。大広間を駆け抜けるノワルーナが、今度はアエギスを壁際に追い詰めた。

「インテラムナに栄光を」

 一閃、守りの剣が宙を駆ける。


     *


 寒空の下、ショウは死者に寄り添っていた。

「ああ、貴方はとても体格がいいですね。かっこいいです。生前はその力でたくさん素敵なことをしていたんでしょうね。その力、僕に貸してはくれませんか?」

 今にもショウに襲いかかろうとする大柄な死体に、ショウは優しい口調で言う。

「あっ、その指輪似合ってますね? その情熱的なホクロも美しい。素敵です。ああ、素敵なご婦人。少しだけ、少しだけ僕に時間をくださいませんか?」

 女性の死体がゆらゆらゆれる。

「ああ、君は……、君は……。こんなにも小さいのに……。――ねぇ、僕と遊んでくれないかい? 一緒にお化けごっこしよう。あの人をびっくりさせるんだ。待ってね。今みんなで作戦会議ごっこしてるから。もうちょっとだけ。このキャンディーを舐めて、もうちょっとだけ待っていてくれるかな?」

 涙をこらえて微笑むショウの手からキャンディーを受け取り、子供の死体がぱくっとそれを口に入れる。

「……なっ。なん、だよ。何してんだよ……」

 ンザビーの口から困惑が漏れ出す。

 その視線の先で、ショウが死体たちに優しく話しかけ、とうに意識を失った者たちと対話を重ねていく。

 ――スキル“親愛なる君へ、便りを待つ僕よりアドバンシング・コミュニケーション”。

 ショウはテイマーだ。

 テイマーとは一般的に、モンスターを手なずけるテイムして戦闘や日常生活に利用する能力を有する者を表す職業名である。その多くは、魔法により半ば強制的に操っている。

 もちろん、ショウたちの前世で、イヌやチンパンジーなどを訓練し芸をさせたり狩猟や介護などに役立てているのと同じように、モンスターを飼いならしているテイマーも多少はいる。しかし、それではテイムできるモンスターの種類が知能の高いものなどに制限され、時間的にも労力的にもかなりのコストがかかる上に、殺傷能力の高いモンスターを扱うとなるとリスクも非常に高くなってしまう。

 故に、ほとんどのテイマーは魔法など強制力のある手段を絡めてテイムし、一定以上の制御を行っている。テイムの際の強制力の度合いが、テイマー自体の評価や信頼の大きな指標になっているほどである。

 しかし、ショウは一般的なテイマーとは違っていた。ショウのスキル“親愛なる君へ、便りを待つ僕よりアドバンシング・コミュニケーション”はあらゆるモンスターたちとの対話を可能とするスキルである。

 これによりショウはモンスターたちと対話をし、あくまでもお願いしてやって貰っているのである。

 もちろん、全てのモンスターがそれだけの対話が可能なほどの知能や伝達手段を持っているわけではない。故に、ショウのスキルはそれを部分的に底上げし、自身の感じ取る能力を高め、相互の総合的なコミュニケーション能力を補助しているのである。

「――うっ、受け取れません。それはきっと、貴方を思う誰かが、旅立つ貴方に贈った物だから。貴方が大切にしてください。でも、ありがとうございます」

「なんだ? あの死体は何をやってるんだ……?」

 もちろん、ンザビーに操られている死体たちに、意識はない。知能はない。思考はない。ただ死霊魔術ネクロマンシーによって動かされているだけにすぎない。

 だから。ショウのスキルが、死体そのものが持つポテンシャルを底上げし、拡張し、増強し、促進させて対話できるまで導いたのである。

「ありがとう、みんな!」

 数十体の死体の群れが、いな。数十人の死人たちが、ショウの願いを聞き入れて、自らの足でその意志で、今ここに立ち並ぶ。

「なっ、なんだよ。なんなんだよ。なんで誰も動かないんだよぉ。俺の玩具だろ! なぁ、ゴミ共! 拾ってやった恩を忘れたのかよぉ! おい! おい! どうなってんだよ畜生!」

 ンザビーが叫ぶ。

 彼の死霊魔術は例えるなら北風。優位な立場から強く吹けば吹くほど、抵抗もむなしく道行く旅人の服を引きはがすことのできる暴力的な強制。

 対するショウは例えるなら太陽。その意志を育み促す熱はあたたかくも恐ろしく、道行く旅人に自ら服を脱がさせることのできる心からの共生。

「来るなぁ……、来るなぁ!」

 叫び後ずさるンザビーはぬかるみに足をとられて転んだ。

「ピィ! ピィ!」

 転んだンザビーの隣ではペンスケが楽しそうに泥遊びをし、その水はねがンザビーを濡らす。

「なんだお前はぁ!」

 ペンスケに襲いかかろうとしたンザビーは両脇を突然、がっしり掴まれて動きを封じられる。

「キィ! キィ!」

 後頭部に熱い吐息を浴び、暴れるンザビーは何かの上に座らせられる。

「あぁ?」

「……」

 それはミニチュアの島のようなカメタンの背の上だった。

「糞っ! なんだお前ら何のつもりだ! 放せ放せ放……」

 ンザビーの声がとまる。冷たい肌の感触、強烈な腐敗臭。

「っ……、っ……」

 死人の集団がンザビーを取り囲み、その体を汚れた手がはい回る。

「うわぁ! うわぁ! ああ! ああ! やめろぉ! やめろぉ!」

「――みなさん! ごめんなさい。そこまでです」

 死人たちの壁がズズズっと開き、開けた道をショウが真っ直ぐ歩いてゆく。

 そして、ンザビーの前で立ち止まると、そのサスマタをぐっと腹に押しつけ、圧迫する。

「やぁっ、やめろぉ! 放せ! 放せぇ!」

「僕は絶対に貴方を許さない!」

 ショウの叫びに、ンザビーが気圧される。

「……でも。僕は貴方を殺さない。僕は貴方を否定しない。貴方にも、貴方の考えがあると思うから。貴方の人生があったと思うから。だから、僕は、僕はただ……。僕が僕であるために、貴方を批判するだけだ。決して許さないと……」

 ショウはそう言って、ンザビーをしっかりと拘束する。

「やめろぉ! 放せぇ! 放せぇ! 放せぇ!」

 ンザビーの絶叫がこだまする。

 それは、死者への鎮魂歌にはあまりにも乱暴で、自身への讃美歌にはあまりにも虚しくて。

 ただ、星のスポットライトは、それでも彼を照らし続けた。

 拍手は一つも、鳴らなかった。


     *


 光の剣がくうを走る。

 壁際に追い込まれ、跳躍による退路を制限されていたアエギスは、その超人的な退避を実質封じられていた。逃げ場を失った盲目の脱兎を、ノワルーナの閃く光剣が矢継ぎ早に襲う。

「いやはや。確かに光を刃にする魔法をあそこまで印象づけられては、まさかこんな奥の手を隠し持っているとは思いませんねぇ。

 “閃光の騎士”、“刹那の断罪”、“ライトニング”、ノワルーナ殿の異名はどれも光と速さを象徴するものばかりだ。一瞬で勝負がつくことで有名な貴方を防戦一方に追い込めれば、勝ったも同然だと思うのも無理はないでしょう。

 剣を抜くのが一瞬だけという独特な剣術もまた、それらを強く印象付けている。

 しかし、本当にすごいのはやはりその剣の腕と反応速度でしょう。これだけの縛りを課して、これだけの都市で最上位の実力者として名を馳せている。どれもこれも奥の手の決定力を底上げするための策だ。普段の戦いにおいてはむしろかせでしかない。だというのに……。

 本当にお見事です。私のように怪しむ者も少なからずいるでしょうが、ノワルーナ殿の容姿と人気が、有名すぎることの怪しさをかすませる。何より、実力も本物ですからねぇ。まさに天性だ。

 この暗闇は、強すぎる光が生んだ影というわけですか。フフ。どこまでもかっこいい方ですねぇ、ノワルーナ殿は」

 アエギスの言葉が、ノワルーナを称える。

 よどみない弁舌が、ノワルーナを讃える。

 ノワルーナの剣が、幾たびも抜かれる。しかし、壁際のアエギスが贈る称賛は止まない。その口も、その脚も、その心臓も止まらない。

 先ほどからノワルーナの剣は、一度もアエギスにかすりすらしていなかった。

「……」

 形勢は逆転したというのに、攻守は入れ替わったというのに、かわすだけのアエギスは涼しい笑みを浮かべ、攻め続けるノワルーナは冷たい汗を浮かべている。

「詠唱の長さを、相手を油断させる武器に利用するとは。考えたものですねぇ」

「っ?! 気づいていたのか……」

 静かに驚愕するノワルーナに、アエギスも静かな笑みで答える。

「ええ。私、耳だけはいいので」

 アエギスが唐突に刺突を繰り出す。

「っ!」

 その切っ先が、一瞬前までノワルーナの喉のあった空間を的確に貫く。

「どうしました? 心臓の音、すごいですよ?」

 次の突きはノワルーナの胸の前でピタリと止まり、一瞬の内に引き戻された。あと少しノワルーナの後退が遅ければ、そのうねるような一撃は肋骨の隙間を綺麗に突き抜けていただろう。

「そこが胸ということは、そこが左目。……そこが右腕。……耳たぶ、は難しいですね」

 アエギスの突きは的確にノワルーナの体の部位を当ててゆく。もちろん、ノワルーナはそれをすべてかわしている。しかし、かわさなければ耳たぶさえも貫かれていたことだろう。

「見えているのか……」

「まさか。こんなに見えないのは初めてですよ。いったいいつまで続くのやら。すごい魔法ですねぇ」

「ならば、なぜ……」

「ノワルーナ殿は耳が悪いのですか。つい先ほど、申し上げたばかりではないですか。私、耳だけはいいので」

 その突きがノワルーナの腰をかすめる。

「ノワルーナ二世と手合わせをするのは恐ろしいと思ったのですが、一世も十分恐ろしい」

 いつの間にか攻められる側に戻っていたノワルーナが、その立場を振り払うように剣を抜く。

 アエギスはそれを軽々かわす。

「光の剣は厄介だ。剣が空気を切る音がない」

 そう言うアエギスの顔は、言葉に反して楽しそうである。

「……なぜ」

「?」

「なぜ、それほどの腕を持ちながらこんなところにいる」

 アエギスが細い目を細めて笑う。

「貴方の方こそ」

 突きを繰り出し、光をかわし、アエギスは言う。

「ノワルーナ殿はご立派だ。愛するこの町を守るため、町の人々を守るため、悪人を切り捨て戦っていらっしゃる。正義の騎士、に違いありませんね。でも、滑稽ではありませんか? だって、貴方のしていることは、ボスのしていることと何も変わらないじゃありませんか」

「……」

「自分のために、誰かを殺す。自分たちのために、誰かを殺す。違うのはその範囲でしかない。なのに、貴方たちは自分が、自分たちが殺す時はそれを正義と言うのです。それを正しいと言うのです。ああ、別に責めているわけではありませんよ。人間というのはそういうものでしょう? ボスが自分とほんの少しの周りの者しか愛せないように、ノワルーナ殿はこの町の者しか愛せない。ノワルーナ殿が罪人となった町の者を殺すように、ボスは気に入らなくなった下っ端を殺す。何が違うというのでしょう。器の広さが違うだけ。それは人それぞれじゃありませんか。全てを入れるには、人は脆すぎる。そんなことをすれば壊れてしまう。なのに、貴方たちは自分たちこそ正義だと信じ、その器に入りきらない者を悪人だと信じているのです。可笑しいでしょう?」

 アエギスは本当に可笑しそうに目を細める。

「この世界のどこに、悪人以外の人間がいるというのでしょう」

「……」

 ノワルーナは何も答えない。ただ、アエギスの攻撃をかわし続ける。

「そんな世界で、私。悪人として悪を成している、不器用で弱い人たちの味方をしたくなってしまうんです」

「……」

 ノワルーナは何も喋らない。ただ、アエギスの言葉をかわし切れずにいた。

「言ったでしょう。私はただの、悪の味方です」

 アエギスの言葉が、ノワルーナの心を突いた。

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