#4 イケメンたちが悪い男に襲われて大変なことになっちゃいます?!

「ありがとう、オオカミさん」

 ショウはそう言って、オオカミのモンスターを一匹ずつ順に撫でて森へ返した。

 そこは、町はずれの森境もりざかい

「ったく。ゲミニ団の野郎ども。地図、ヘタクソすぎんだろ! 他人ひとを呼びつけんなら綺麗に描けっての! ココ、ってなんだココ、って! んなんでわかるか馬鹿野郎!」

 そう言ってテオが脅迫状を振り回す。

「こんなところに潜伏していたとはな……」

 そう呟いたノワルーナの視線の先には、薄暗い上に木々に埋もれていてわかりづらいが、地下洞への入り口とおぼしき穴がある。

 三人は、モモコを助けるためにゲミニ団のアジトとおぼしき場所へやって来ていた。

 テオのもとに届いた脅迫状には、雑な地図と共に『バレンタインは許さない。酒場の娘はさらった。大事にすれば殺す。助けたければ来い。 ゲミニ団』とだけ書かれていたため、ノワルーナも自警団に詳細は伝えず、この人数で潜入することにしたのである。

「じゃあ、行きましょうか」

 可愛らしい顔つきをこわばらせたショウが、静かに口火を切った。

「おうよ。――あ?」

 テオが眉根を寄せて、町の方を振り返る。そこには二十から三十人ほどの人影があった。

「……」

 のそのそ、ゆらゆら、人影の群れは無言で三人の方へ向かって来る。

「……なっ。くせぇ」

 強烈な腐敗臭が辺りに漂う。

 それは、土葬の墓地に漂う臭気を思い起こさせる死の臭い。

「お待たせぇ~。あれぇ? テオくん一人じゃないのぉ~? ダメじゃ~ん」

「ンザビー……」

 ノワルーナがそう呟き、人影の群れの奥に立つ男を見据え、剣のグリップに手をかけた。

「なんだアイツ」

「ンザビーだ。禁じられた外法魔法を使う死霊魔術師ネクロマンサーの一人。有名な凶悪犯だが、まさかゲミニ団にいたとは……」

「えっ、ノワルーナーぁ? ちょっとテオくーん。おーごとにしたら殺すって言ったじゃ~ん」

「ァア?! 一人で来いとは言われてねぇぞ?! 三人だけだ! コイツ以外の自警団もこの事は知らねぇ! それにコイツが勝手についてきたんだよ! 文句あんならこいつを殺せ!」

「あーはぁー。仲悪いのねぇ。まあいいや。とりあえずー、このゴミ共と遊んであげてぇ~」

 男がゴミと呼ぶもの、ノワルーナたちに迫りくる無数の人影、動く死体・アンデッド。星明かりを浴び、不気味にゆらめいて襲い来るものたち。

 ノワルーナがそれらを視界にしかと収め、剣のグリップを握ったまま前に出ようとしたその時。

「二人とも、先に行ってください!」

 それをけん制するようにショウが叫んで、ポケットから三つのボールを取り出した。パートナーのモンスターが入ったボールだ。

「ぁあ? おめぇ、大丈夫なのか?」

「はい! 相手の人数が多いし、ここはモンスターの助けを借りられる僕に任せてください!」

「……そうか。ショウ、すまないがここは君に任せる。行くぞテオ」

「ぁあ?! おめぇが仕切んじゃねぇよ! ――ショウ、負けんなよ!」

「はい! 必ず先輩を助けてください!」

「おうよ!」

 アジトへと入っていく二人を背中で見送りなが、テオは三匹のモンスターを外に出した。

「頼んだ! カメタン! サルヒコ! ペンチャン! あの人たちは死んでるけど人間だ! できるだけ傷つけないように動きをとめて道を作ってくれ! 僕があの奥にいる人を無力化する」

「ぶふっ! あの人たちは人間だ、傷つけないでって。ばかだねぇきみ。頭ン中、ちゃんと脳みそ入ってるぅ? もしかして、生きたまま脳みそ腐ってるんじゃなぁ~い?」

「貴方は……! 死んでしまった人たちの体をこんな風にもてあそぶなんて、僕は貴方を許さない!」

 ショウは背中に背負っていたサスマタを抜き、ンザビーを睨みつけた。


     *


「ぐあぁ!」

 刹那の抜刀の内に切られた悪党たちが通路に伏す。

 ノワルーナは光の剣でゲミニ団の下っ端たちを次々と切り捨てて、狭く入り組んだアジトを進んでいく。その後ろをついていくだけのテオが言う。

「悪いな。俺は菓子作りばっかりで腕っぷしには自身がねぇ。素手の喧嘩くらいならできなくはねぇが。今怪我するわけには、いかねぇ……」

「……この町の民を守るのが私の務めだ。問題ない」

「そりゃどうも。ご苦労なこってい。じゃあ、遠慮なくっとォ!」

 突然、二人が通り過ぎた物陰から飛び出してきた男をテオが蹴り飛ばす、が、それに一瞬先だってノワルーナの抜刀が男を焼き切っていた。

「んだよ、切り漏らしかと思ったじゃねぇか。びっくりしたぁ」

「すまない……」

 謝るノワルーナをよそに、テオは切られた男を振り向いて言う。

「お前、意外と性格悪いよな。さっきから誘い出してばっかでよぉ。俺のこともちょくちょく囮に使ってんだろ?」

「……すま」

「いや、責めてるわけじゃねぇよ。そんぐらいしか役に立てねぇしな」

「……」

 飛び出してくる下っ端の数はさほど多くなく、ノワルーナの卓越した反応速度であれば、挟み撃ちや飛び道具などによる遠距離攻撃にも対応できた。たった二人だけだったが、ノワルーナたちは順調に進んでゆく。

 そして間もなく、大広間に辿り着いた。

「お待ちしていましたよ」

 広間の奥、大きな扉の前に一人の男が立っていた。

「……見ない顔だな」

 背の高い細目の男が、その細い目をさらに細めてむ。

「それは光栄です。この町は長いんですがね。ノワルーナ殿に顔を覚えられずに悪事を働けているというお墨付きデコレーションを頂けるとは、思って」

「御託はいい! モモコはどこだ!」

「この扉の奥です。どうぞ、テオ殿はお通りください。この奥にはボスとモモコ嬢しかおりませんから、ご安心ください」

「……おうよ」

 一瞬考えた後、テオは扉に向かって走り出した。

 ノワルーナもすぐにその後を追う。

「おっと貴方はいけませんよ」

 そう言うと細目の男、アエギスは素早く腰のレイピアを抜き、その細身の長剣をノワルーナへ真っ直ぐ突き出した。

 瞬時に身を引きレイピアをかわすノワルーナ。

「早く来いよ、ノワルーナー!」

 テオはそう言うと、大きな扉を開いてその奥へと消えていった。バタンと重い扉が閉まる。

「あのノワルーナ殿と剣を交えられるとは光栄です。まさか貴方が、しかもお一人で来られるとは……」

「それで正解だったようだな」

 このアジトの通路は狭い。故に数の利はあまり活きず、混乱に繋がる可能性さえあった。逆に入り組んだ薄暗い通路内では、地の利がものをいう。自警団が大人数で来ていれば、アジトの構造を熟知した下っ端たちに翻弄され、むしろ被害が出ていた可能性がある。

 もちろん、テオを守りながらたった一人で無事切り抜けられたのは、ノワルーナの卓越した技量があってこそではあるが。

「それでは、楽しませていただきましょうか」

 にこやかに踏み出したアエギスは素早くノワルーナとの距離を詰め、その喉元を狙い突く。

 ノワルーナはそれをひらりとかわし、高速の剣を抜く。鞘からほとばしるまばゆい光がアエギスの胸元をかすめ服を焦がし、次の瞬間にはノワルーナの鞘へ戻っていた。

「光魔法の剣、でしたね。『図解でわかるノワルーナの光魔法』、拝読しましたよ。得意の光魔法で光の刃を作り、それで相手を焼き切るんでしたね。早すぎて誰もその刀身を見たことがない、不可視の剣が図解で見られるとは驚きでしたが……」

 唐突に跳び出したアエギスは素早くレイピアでノワルーナを突く。

 当然ノワルーナは軽々かわすが、今度の突きは一撃では終わらない。喉、目、胸、腹、腕、太もも、あらゆる部位を狙い突き出されるレイピアの速度はすさまじく、その連打は一つ一つがノワルーナの光剣こうけんと並ぶほどの速さだった。

 それらをすべてかわし隙を突いて剣を抜くノワルーナ。刹那の抜刀がアエギスの胴を焼き切らんとするが、人間業とは思えない跳躍でそれをかわしたアエギスは、上空から体重の乗ったレイピアの一撃となって飛来する。

 よけきれず左腕を前に出すノワルーナ。その籠手がレイピアの細い切っ先を受け止め、ひび割れる。その一瞬を使って飛び退くノワルーナ。

 攻撃をかわされたアイギスが着地する隙を狙い、光の剣が抜かれる。

 しかし、アエギスも素早くレイピアを操りノワルーナの腕を狙う。ノワルーナは腕をかばい剣の軌道を変えざるを得ず、アエギスの命は取れなかった。

「ああ、惜しかったですね。お互いに」

 アエギスは相変わらず目を細めた涼しい顔でノワルーナを見る。

「……この実力、何者だ」

「ふふ。ただの悪の味方です」


     *


「うぁっ!」

 叫ぶショウの腕に死体ががっぷり噛みついている。

「ごめんなさい!」

 ショウはそう叫ぶとサスマタで死体の腹部に強烈な突きを食らわせる。しかし、痛みを感じない死体はそう簡単には離れない。ショウの袖に血がにじむ。

 無数の死体に囲まれて、ショウたちは悪戦苦闘していた。

「……!」

 ミニザラタンのカメタンは死体の群れにひっくり返され、地面の上で脚をばたつかせながら、無防備な身体を蹴られて口をパクパクさせている。

「キキィ! キィ!」

 炎を出して死体をけん制しようとするサルヒコも、恐れを失くした死体に追い詰められ、今にも樹上から引きずり降ろされそうになっていた。

「ピィィ! ピィィ!」

 ペンチャンは鳴き叫びながら地面をぬかるませ、死体を転ばせて逃げ惑うが、忍耐も限界も忘れた死体たちは何度転んでも起き上がる。

「ははは、ばかじゃねぇのオマエら。そろそろキモイんだけどぉ。死体だぜ? 死体相手になに手加減してんのぉ? さっさと死ねよぉ、つまんねぇなぁ」

 ンザビーは不機嫌そうに言葉を吐き捨てると、一番近くにいた女性の死体の腕を掴み、引き止める。

「……、……」

 力なく口を開いた女性の死体は、腕を掴まれてもンザビーを気にする様子はなく、天を仰いでゆらゆら揺れる。

「ねぇ、マリーちゃん。あいつらキモイよねぇ? 僕のマリーちゃん」

「?!」

 ンザビーの言葉に、何とか死体を引き離し、必死でサスマタを操って死体の群れと距離をとっていたショウが反応する。

「ぼくちんもさぁー、最初からこんな歪んでたわけじゃないわけぇ~。この子はねぇ、ぼくの愛しのマリーちゃん。幼馴染だったんだけどぉ、殺されちゃってぇ~。でさぁ、でさぁ、僕頑張ったんだよぉ? もう一度マリーちゃんと一緒に遊びたくて、生き返らせたくて……。だから、悪いことだってわかってたけど、死霊魔法ネクロマンシーにも手を染めて……。やっとマリーちゃんを生き返らせたんだ。でも、マリーちゃんは……。僕はマリーちゃんをこんな風にしか蘇らせられない世界を憎んだ。それで、それで……」

 うつむいていたンザビーは掴んでいた死体の腕を離し、両手で顔を覆い隠す。ンザビーの手をはなれた死体はゆらゆらとンザビーから離れていく。

「そんな……。貴方は……」

 ショウはンザビーを見つめ、目を微かに涙でしめらせる。

「って嘘ぴょ~ん!」

 ンザビーは下卑た笑顔をばぁっと見せると、ゆらゆら歩く女性の死体を追いかけ思い切り蹴飛ばした。死体はつんのめって地面に勢いよく突っ伏す。

「もしほんとでも、こんなくせぇ死体になってまで好きでいられっかよ! ばぁ~かぁ~。本気にした? ねぇ、本気にした? あはははは。この女は拾ったばっかの死体だよぉー。きったねぇ! くっせぇ! こんな死体! ゴミだよゴミ! もうモンスターじゃん! きっしょー。俺が玩具にしてやってるだけありがたく思えよ!」

 ンザビーはそう言いながら、起き上がろうとする女の死体を何度も蹴りつける。

「……めろ。……やめろ。……やめろぉ!」

「ぁあ~?」

「貴方は……、貴方って人は……。絶対に、絶対に僕は許さない!」

 激昂するショウはしかし、大勢の死体の群れに囲まれ、今にも襲いかかられる寸前だった。

「あっそぉ~。志と心中するとか、ぼくちゃんろまんちすとですねぇ~」

 ンザビーの嘲笑が、星のスポットライトに照らされきらめいた。

 冷めた拍手が夜に響く。

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