#2 不器用な私がベリーソース作りに挑戦してみたら驚きの反応が!?

「バレンタインデーだぁ?!」

 ヒゲ面の大男が、薄暗い部屋で不機嫌そうにそう言った。

「へい。アルフォンシーネ通りのテオとかいうガキがやってる菓子屋の発案で、なんでも女が好きな男にチョコを送る異世界のイベントだそうで」

 ――ここはインテラムナのならず者集団、ゲミニ団のアジト。

 大きな椅子にどかっと座って報告を受けているのは、ゲミニ団のボスだった。

「この頃は薬の取り締まりも強くなって、めっきり稼ぎが減ってるもんで。そのイベントを使ってワシらも一儲けしやしょうって話になってるんですが……。転生者のボスならお詳しいんでねぇかと思いやして……」

 部下の男がそこまで言うと、ボスは強面こわもてをほころばせてニコニコとねこなで声で言った。

「そうかそうかぁ……、ふざけんなクソがァ!」

 突然声を荒げたボスは、手にしたグラスを壁に投げつけ叩き割った。ウイスキーが石の床にシミを作る。

「ひぃぃぃぃ!」

「バレンタインデー……。あんな糞みてぇなイベント、転生してまで聞きたくもねぇ! 二度とその名を俺の耳に入れるんじゃねぇ! そのイベントに乗っかった奴はただじゃおかねぇ。チョコを貰った男は地獄の苦しみを味わわせてぶっ殺す! 団員全員にそう伝えてこい。おら、さっさと俺の前から消えろ!」

 ボスはそうえると、目の前のテーブルを蹴り飛ばして破壊した。

「へぇぇっ、へええい! すいやせんしたぁー!」

 部下の男は逃げるように部屋を後にする。

「おい、アエギス。聞いてたか」

「ええ、聞いていましたよ。私、耳だけはいいので」

 ボスの横に立っていた、背の高い細めの男が穏やかに返事をした。

「テオとかいう菓子屋を見せしめに殺すぞ。この世界でバレンタインデーはやらせねぇ。やり方は任せる。地獄の後悔を味わわせてから殺せぇ……」

「わかりました」

 細めの男、アエギスはそう返事をすると部屋を後にした。

「ボス! お客です! なんでもぶいあある魔法とかいうボス発案の魔法の件で、大人のお話があるんだとか」

「おう、わかった。お通ししろ。――おい、おめぇら! 話が終わるまでこの部屋に近づくな。大人もだぞ? いいな?」

「へい!」

 数名の部下たちがぞろぞろと部屋を後にする。

 その後ろ姿を眺めながら、ボスはニヤリと笑う。

 そして、一人になるとおもむろに立ち上がり、部屋の隅に向かった。そこには、いくつかの宝箱があった。

 その一つをどけ、床の土埃を払うと、小さな窪みに太い指をあてぐっとスライドさせた。床が開き、小さな箱が顔を出す。

 男は誰もいない部屋を用心深く見回してから、懐から出した鍵で箱を開け、中から手のひらサイズの彫刻を取り出した。

「……」

 これがアニメや漫画ならモザイクがかかっていたに違いないセイコウな像を、 男はじっくりとねぶるような目つきで眺め回す。

「ボス」

「うわぁ! なっ、なんだ。アエギスか」

「お取込み中のところ失礼しました。私の目にはモザイクがかかっていてよく見えておりませんので、ご安心ください」

「あっ、あたりめぇだ! なっ、なんだ?」

「先ほどの件で少々お話が」

「ああ、手短にな。今から客が来る」

「ええ、聞いておりました。私、耳だけはいいので」


     *


「モモコちゃん! ビールおかわり三杯!」

「おーい! こっちもビールとワイン二杯!」

「おい、この皿早くさげてくれよぉ! 邪魔でしょーがねー!」

「はーい! ただいまー!」

 すっかり日の落ちたこの時間の“ジョニーの陽気な酒場”は客でごった返す。

 この辺は大きなダンジョンもないので、冒険者ギルドがあるような大都市と比べれば冒険者もそれ以外の人たちも少ない。

 とは言え、そういう大都市では物価が高い割りに、ダンジョンで獲れた素材はたくさん出回るから価格競争が激しくてあまり高く売れない。それで、インテラムナくらいの町まで直接素材を売りに来て、ついでに余暇を楽しんだりがさばらない物を買い集めたり、冒険の拠点にしているという冒険者も少なくないのだ。

 もちろん、その関係で商人も多く訪れるし、長期間この町で暮らしている住民も多い。最近は転生者によって交通インフラが誕生しつつあるから、この傾向はより高まると予想されているらしい。

「おーい! オムレツまだかよぉー!」

「はーい! もう少々お待ちをー!」

 てなわけで、忙しい。あまりみんなにこの世界の解説をしてる暇もないのだ。

「おーい、モモコちゃーん!」

「はーい!」

 あー! 忙しい、忙しい!


 ――そんなこんなで落ち着くのは二十二時も半ばになった頃。

「先輩、お疲れ様です」

 そう言って私を労ってくれるのは同僚、ではなくお客さんとして来てくれているショウ君だ。

「ありがとう、ショウ君……」

 カウンター席でショウ君の隣につっぷして私は返事をする。前世と違って、店員がこんな風に一休みしててもクレームが入ったりしないのは、いいのかな? って思う反面気が楽だ。

「ごめんねー、ショウ君。せっかく来てくれたのに大したお構いも出来なくて……」

「いえいえ。僕は先輩の顔が見れただけで満足ですから」

 ショウ君は、名前からもわかる通り転生者だ。

 転生者の中には、私やショウ君のように前世の名前を名乗っている人も珍しくない。もちろんこっちの世界でつけられた名前を名乗っている人もいるけど、やっぱり前世の記憶があるから、後からつけられた名前にはなんだか違和感がある人も多いんだと思う……。

「先輩は人気者ですもんね」

「そっ、そんなことないよ! お店が繁盛してるだけで、私の人気があるわけじゃないんだから」

 と言いつつ、ちょっと照れてる私もいる。

 顔は前世よりはマシだけど、謙遜抜きで特に可愛いわけじゃない。でも、前世からほとんど変わっていないこの声は、唯一あの頃からみんなに褒めて貰えていた部分だから、やっぱり認められるのは嬉しいんだ……。

 そう。実際に私がここに勤めるようになってから、少しだけだけどお客さんが増えたらしい。そんな中で、私の声が落ち着く、好きだって言って来てくれる常連さんも多いのは事実だ。もちろん、転生者による世の中の変化でお客さんが増えてるってのが大きいに違いないけど。でも、やっぱり嬉しい……。

「先輩?」

「えっ?! ああ、ごめんごめん。なんでもないよ、はは……。じゃあ、そろそろ私いくね。空いたお皿、片さなきゃ!」

 勢いよく立ち上がる私に、ショウ君は優しく微笑んでくれる。

「無理しないでくださいね、先輩」

「うん、ありがとう。もう少し、帰らないでしょ?」

「えっ? ああ、まあ、もう少しなら……」

「うん。今デザートサービスするから、ちょっと待ってて!」

「えっ、そっ、そんな! いつも悪いですよ!」

「いいのいいの。どうせもうお客さん増えないだろうし、売れ残りだから食べてって。今日はチーズケーキかなぁ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 私は笑顔で返事をすると、まずは近くの空いたテーブルを片付けに向かった。

 ちょっと押し付けがましかったかな? ショウ君甘いもの好きだから、喜んでくれてるといいんだけど……。

 それとなく顔色をうかがうと、ショウ君はこちらを見ながら微笑んでくれていた。ひとまず安心した私は、ほおを緩めてキッチンに向かった。


 ショウ君は、とても優しくて可愛い男の子だ。

 純粋な子に見えて、とっても苦労している芯の強い子だ。

 下級貴族だけど冒険者としては名門の家系に転生したショウ君は、モンスターであっても命は命、それを奪う職業なんて嫌だと冒険者になることを拒んだ末に一族を追放され、泥水をすするような生活を送っていたらしい。

 なのに、間もなくして起こった転生者の革命で、下級貴族であり戦えるショウ君の実家が真っ先に矢面に立たされた時は、遠路遥々助けに向かったというのだ。

 でも、ショウ君が着いた時にはもう、家族は一人残らず処刑されていて、縁を切られていたショウ君までもが命を狙われることになったらしい。そうして、命からがら逃げて来たこのインテラムナの町で、ショウ君と私は出会ったのだ。

 私は死にかけていたショウ君を見つけて助けを呼んだだけだし、歳も三つしか違わないのに、それからショウ君は私のことを先輩と呼んで慕ってくれている。最初の頃は恥ずかしいからやめてって言ってたんだけど、最近はもう諦めた。

 ショウ君みたいに、命を奪うことに抵抗のある転生者は多いみたいで、今はそういう前世の価値観と今世の生まれの差に苦しむ人たちを支援する団体で、護衛とか色んなお手伝いの仕事をしているみたい。

 団体自体は過激な宗教組織との繋がりも噂されていたり、命を奪うことを生業としている冒険者たちからは煙たがられている部分もあるから、ちょっと心配だけど……。

 元気にやっているみたいで、ひとまずは安心している。


「はい、チーズケーキ。このベリーソースは私が作ってみたやつだから、多少の雑味は許してね」

「先輩のベリーソースですか?! ありがとうございます!」

 嬉しそうにフォークを握りしめたショウ君は、目を輝かせて私を見る。なんだか照れてしまう。

「期待はしないでね」

 そう言って私がゴトっとお皿を置くと、ショウ君はフォークを置いて、小瓶のベリーソースに小指をくぐらせぺろっと舐めた。

「これが先輩の味……。甘酸っぱくて、美味しいです! 期待以上です!」

「わっ、私の味って……」

「あっ、いや! そっ、そんな、変な意味ではなくて! ごっ、ごめんなさい!」

「わっ、わかってるから……」

 私は視線をショウ君の腰の辺りに落として言った。

「そうだ。お客さんもうほとんどいないし、あの子、出してもいいよ」

「えっ、いいんですか?」

「うん」

 ショウ君はポケットに手を入れると、ショウ君のモンスターを外に出した。

「……」

 ショウ君の足元で、カメのモンスターが私を静かに見上げる。

「わぁー、カメタンまた大きくなったんじゃない?」

「はい。大きくなりすぎないように成長抑制剤を飲んで貰ってるんですが、今が成長期なので……」

 ショウ君はテイマーだ。この世界では、モンスターを手なずけるテイムして、ダンジョン探索や日常生活に役立てる人たちのことをテイマーという。

 ショウ君は転生時に、テイマーに役立つスキルを授かったらしい。モンスターの命も大切にしたいと言う、優しいショウ君らしいスキルだ。

 転生者のスキルはその人の趣味嗜好に関連があることが多いみたいで、私のスキルもそうだ。だから、私のスキルは実用性皆無に等しいスキルなんだけど、なんだかんだ私は気に入ってたりもする。チートスキルがあったって、命がけで戦いたくなんかないしね。

 それで、ショウ君は、最新式だけどとっても既視感のあるボール型の道具にパートナーモンスターを入れて連れ歩いている。魔法の技術でモンスターを一時的に小さくして収納できるらしいんだけど、細かい仕組みまでは私も知らない。

「……」

 そして、この子がミニザラタンのカメタンだ。

 ザラタンは島ほどの大きさのカメのモンスターらしいんだけど、ミニザラタンはその亜種で比較的小さいらしい。と言っても、今はまだ子供だから膝丈くらいのサイズだけど、放っておくと平気で小さな丘くらいには育ってしまうらしい。

「これ。魚の切れ端とかなんだけど、よかったカメタンにと思って」

「わぁ。ありがとうございます。――よかったなぁ、カメタン」

「……」

 カメタンはあくびするみたいに大きく口を開けて、私がせめて見栄えよくと盛りつけを頑張ってみた魚肉片を見つめる。

「はい、どうぞ」

「……」

 カメタンはのそっとお皿に近づくと、こちらを一瞥してから、あんぐり口を開けて食べ始めた。

「美味しい?」

「……」

 休むことなく魚介を貪るカメタンの様子が返事だと思って、私はショウ君に視線を移す。

「それじゃあ、いくね」

「はい。先輩、ありがとうございます」

 ショウ君の笑顔は、私のことを優しくさせる。

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