第2話

 神崎がふたたび藤原の家を訪れたのは、それから一週間ほど後のことだった。

「タマちゃん、これ借りてた本……何それ!?」

 彼女が驚いたのも無理はなかった。

 玄関に出てきた藤原の頭には、この間見せてもらった青いトカゲが乗っていた。特徴的な体色といい顔つきといい、以前見たものと変わらない。

 が、でかい。

 つい先週までは神崎の掌に乗りそうなサイズだったものが、彼女の指先から肘くらいの大きさに成長している。

「あ、コオロギならいないから大丈夫だよ! 鶏肉に切り替えたから……」

「タマちゃん! トカゲってそんな急に大きくなるものなの!?」

「私も詳しくないからわかんないけど……でも実際成長しちゃったし」

 藤原はあくまで呑気である。当のトカゲも平和な顔つきで、舌をペロペロ出したり引っ込めたりしている。

「へ、へぇ……」

 神崎は気の抜けた返事をするほかなかった。


 そのまた翌週、缶ビールの6本パックを携えて藤原の部屋を訪れた神崎は、玄関が開くなり目にも止まらぬ速さで手土産の缶ビールを一本開け、音速を超える勢いで飲み干した。

「あー、ひかげちゃんまた飲んでる」

「いや! でっか!!」

 ご近所の目もはばからず、神崎が大声を出したのも無理はない。先週藤原の頭に乗っかっていた青トカゲは、今度は彼女の肩に乗って長い尻尾を垂らしていた。ざっと見積もっても全長1メートルは超えているだろう。

「トカゲでっか!! そんなになる!? 普通!?」

「うーん、私も詳しくないからよくわかんないけど、なるんじゃない?」

 動揺するひかげに鼻先を向けたトカゲは、顔を引っ込めながら「ハァー」という声を出した。

「今しゃべった! トカゲしゃべったよね!?」

「違うよー。何かこういう声で威嚇するらしいよ」

「威嚇されたの? 私? なんで?」

 まぁまぁ入ってよ、と言いながら藤原は神崎を部屋に案内した。以前見た水槽はとっくに撤去され、窓辺にビニールプールが置かれている。

「トカゲちゃん、ご飯だよ~」

 藤原はパックされた鶏むね肉約300gを取り出し、トカゲは切り分けられてもいない肉塊を口に入れて、モゴモゴと食べ始めた。

(なんか……嫌な予感がする。タマちゃん、大丈夫かな……)

 無言で肉を食べるトカゲと、満足そうな笑顔でその背中をなでる藤原を見比べながら、神崎はもう一本ビール缶を開けた。

 トカゲがまた「ハアー」と声を上げた。

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