路地裏のワルツ
酷く、陽の光から遮断された場所であった。子どもの積み木のように乱雑に建てられた建物達。寄せ集めたような建物と建物間には、裏路地が出来る。表の路地と反対の、暗くて冷たくてじっとりして、カビとコケとキノコが踊っているかのような。
そこを、ズタ袋を引きずった男が歩いていた。肌はコンガリ焼きすぎパンのようにキツネ色、腕の太さは丸太ん坊、身長はお城のような。ズタ袋には血が滲んでいて、男も鮮血の香りに抱擁されていた。
男は迷路のような路地を迷いなくズッシリ歩き、やがて目的地らしい行き止まりにやってきた。ゴミがあってコケがあって健気なハルジオンが一輪だけ咲いているところで、誰かの寝床らしいボロボロの毛布があったが、人の気配はない。男は状況を目視して、迷いなく場所から背を向けた。
此度も迷いなく、男はドッシリズッシリ歩き、第二の目的地に着いた。路地裏で経営している、知る人ぞ知る飯屋の裏側である。そこにはゴミを捨てるバケツがあって、バケツから尻が出ている。尻からはしっぽが生えていて、尻から背中、背中から腕、頭と続いて全体像が飛び出した。
人の女の子どもの容姿をベースに、真っ暗な髪に真っ暗な子猫の耳がデコレーションされた、ブラックチョコレートケーキみたいな女の子ども。子どもは口に魚の骨を咥え、手でそれを口の中に早業で押し込んで咀嚼した。ボリボリゴックン。いつ見ても丈夫な歯である。
「やっぱりここか。今日は新鮮な魚持ってくるからゴミ漁りはやめとけって言ったろ?」
たしなめるように言ったが、男の口調に本気さはない。
男は漁師である。入れ込んだ路地裏の黒い子猫との取り合わせとしてはうってつけの職業だが、釣果がかんばしくない時はどうしようもない。ただそのみじめにさえ見える行動群の逞しさを褒めるばかりである。
肩までで乱雑に切った髪を揺らし、黒猫は男に飛びついた。前髪についたゴミを、太い指で払ってやる。
「ほれ、エサだぞ」
取れたばかりの魚の入ったずた袋を持ち上げるが、子猫は男の胸板を手でさするばかり。ゴミを漁り、宝を約束されたズタ袋をひったくってもよさそうな食料への執着を見せたのに、不可解である。しかし男は了承したように、ズタ袋に大きな手を入れた。
「なんだ、こうかい?」
男がまだピチピチと跳ねる魚を手にして見せた途端、黒猫は真っ黒な瞳をキラキラ輝かせ、奪い取るように被りついた。あっという間に平らげる旺盛さに男は心を満たされるのを感じながら、ズタ袋に手を入れ、もう一匹。
生臭く、暗くて真っ黒で、そこに小麦色の肌の男が混じった交流。
男は手で与えることで、黒猫は手から与えられる事で、一人ぼっちでは得られない栄養を得ている。今日も、明日も、これからも。
第165回 二代目フリーワンライ企画より……ここにはいないあいつ 血の匂いをさせて歩く男 やっぱり〇〇 路地裏の黒猫 こうかい(変換自由)
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