2月13日 甘い香りのダストボックス

ななよ廻る

2月13日 甘い香りのダストボックス


「べ、別にこれはバレンタインとかそういうのじゃなくてっ! あくまで、いらないから捨てるだけ! あんたの下駄箱なんてゴミ箱と変わらないんだから!!」


 二月十三日。

 日は暮れかけ、幾羽のカラスが鳴きだす、物静かで不気味な夕暮れ時。

 休日ということもあり、校舎に人影は少なく、平日の騒がしさが嘘のような静けさだ。

 そんな校舎の下駄箱前で、休日だというのに制服を着て、顔を赤くしている少女がいた。


「そう! 私はゴミを捨てるだけ! 毛先の数ミリ単位ですら、あんたに対する気持ちなんてないんだからね!? 勘違いしないでよ!」


 一体誰に言い訳をしているのか。プリプリと怒っている彼女は、言動全てが騒々しく大げさだ。演劇の練習をしていると言われたら信じてしまいそうな熱演ぷりである。


「全く! 感謝しなさいよね! この私がゴミとはいえ、あんたにチョコを恵んであげるんだから……ね…………?」


 そういって彼女はとある男子生徒の下駄箱を開けて――表情が凍り付いた。

 氷のようにカチコチに固まった表情は段々と溶けていき、気付いた時には鬼もかくやとばかりに目尻を吊り上げる。節分も終わったというのに、新たな鬼が現れた。追い払うには手遅れだ。


「なに……これ?」


 中には、ハートのラッピングがされた四角い箱。赤いリボンが十字に巻かれ、その上にはハートのシールが貼られた手紙が添えられていた。


 まごうことなきラブレターである。


「ふーん、なるほどね。そういうことね。別に? 私がどうこういうことではないし? あいつが誰に告白されて付き合おうともどうでもいいし? むしろ、せいせいするってものよね!」


 自身に言い聞かせるように語気を強める。彼女の感情に比例するように、その足取りは重く強い。

 下駄箱に背を向け、せいせいしたとでもいうように立ち去ろうとして、校門直前でピタリと止まる。しばらく固まっていたかと思うと、発作でも起こしたかのように身体が震え出し――爆発した。


「――ってバカぁああっ!! こんなの認められるかっていうのよ――――っ!!」


 下駄箱から恋敵のチョコとラブレターをガシッと乱暴に掴み取ると、その勢いのまま近くの教室のゴミ箱に放り込んだ。

 目尻に涙を浮かべ、鞄から取り出した赤いハート型の箱に入った手作りチョコレートと可愛らしいハート模様のラブレターを想い人の下駄箱に突っ込む。

 焦っているせいか、なかなか閉じない下駄箱の蓋に悪戦苦闘しながらも、どうにか閉じた少女は、泣き叫びながら走り出し、校舎を飛び出した。


「だって……だってっ、好きなんだもの――――っ!! 悪女でもいい! 他の女になんて渡すもんですか――――――――っ!!」


 夕暮れに木霊する少女の叫び。その気持ちが届くのか否か、


「…………」


 その答えは、下駄箱の影で頬を赤く染め、小さな紙袋を持っている素朴な少女に託された。

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